[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について
53
:
川蝉
:2002/10/08(火) 17:34
犀角独歩さんへ。
>この「五十年」を川蝉さんは、どのような解釈されてお出でです
>か。
恐らく、薬王菩薩品の文は正法五百年の後の次の五百年に於ける広宣流布を語るものなのに、鎌倉時代に法華経が広宣流布する、あるいは流布すべしというと言う予言的な経文と受け取れるのか?と云う問題についての私の考えを問うているのかなと推測してコメントを書きます。
岩本博士がテキストとした原典が他の学者が用いた原典と異なるのか、あるいは、平川彰博士が
「梵本の『薬王菩薩本事品』には『五十』となっているが『五百』が正しいのであろう」(初期大乗仏教の研究1・160頁)
と云っています。他の学者も同じく原典に「五十」と有ったのを「五百」と訂正したのかも知れません。
語尾に「t」が有るか無いかの違いだけだそうです。
仏教学者は、「前の五百年」(正法が栄える時)が、「すんだ後の五百年」の事と解釈しています。
本化妙宗の山川智応博士が「基督教と日蓮聖人の宗教」において、6点の理由を挙げ、「前の五百年が、すんだ後の五百年の事でなく、最後の時、最後の期、最後の五百(年)と言う表現は、幾つか有る五百年の最後の五百年の意味ではないか」と論じていますが,
立正大教授の伊藤瑞叡師によると、
「大般若経の後時・後分・後五百歳も、法華経の原文のそれらも同格の換言用語であるから、幾つかの五百歳の意味にはならないのである。すなわち法華経の後五百歳説は、原意の上では第五の五百年ではないようである」(日蓮精神の現代・235頁)
との事です。
しかし、私としては、はたして「同格の換言用語であるから、幾つかの五百歳の意味にはならない」と簡単に、山川智応博士の論を考慮外に置いてしまってよいのだろうか?と言う思いも残ります。
「宿王華よ、のちの時代、のちの時節、のちの五百年に、このジャンブー州において(本章が)ひろまり、消失しないように、」
(中央公論社・大乗仏典5・203頁)
とあっても、正法五百年の次の五百年の期間だけ広宣流布すべしと言うことでなく、その後の時代にも、広宣流布すべきであると言う意趣が当然、籠められていると云えましょう。
末世になれば成る程、正法の流布ほ必要性はより高くなるからです。
法華経成文化者もそのように考えていたと思います。
仏滅後一千年内に限らず、その後の時代においても広宣流布しなければならないと言う意がある経文ですから、悪世に法華経が必ず広まっていく意味の経文であると解釈し得るわけです。
宗祖は当時の時代相を観察して、経文通りの悪世末法であると受け止め、末法悪世にこそ正法である法華経が広まる時であり、広めなければならない時であると確信されたのでしょう。
宗祖は、天台・伝教大師の後、両大師より一重立ち入った法華経本門に立脚した法門を把握し、勧持品の偈を色読されたことにより、自らこそ末世の弘教を付属された本化の菩薩であると自覚されたのですが、法華経がその流布を最も要請している所の悪世末世の始まりの時期が到来したから、宗祖の出現があったと見るべきだと私は思っています。
宗祖の出現と云う結果から、逆に考えるわけです。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板