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「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について
5
:
独歩
:2002/03/06(水) 13:03
盛年元気さん:
はじめまして。
国立戒壇、こんな言葉がいまだに生き残っているのですね。
要はポイントとなるのは、言われているような国立戒壇論が、本当に聖人の祖意なのかどうか、ここをまず明確にしてから、行動すべきでしょう。
この点について、かつて顕正会現役信徒である櫻川さんと議論を、私のサイトにアップしてあります。
「日蓮聖人は富士山本門寺戒壇義を述べず」櫻川さん、ワラシナさんと独歩の対話
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/s_w_d_dis.html
なお、1に記される①から④は、40年前に正本堂を建てるときに創価学会が打ち出した路線と大同小異ですね。
驚くのは①ですね。当時、妙信講(現・顕正会)は、池田氏の舎衛の三億の比喩からする「国民の3分1が日蓮正宗信徒になったら広宣流布」という説に公然と意を論じたと記憶しています。一国広宣流布とは「万民一同に南無妙法蓮華経」また「梵天帝釈等の御計として日本国一時に信ずる事あるべし」を論拠に、池田氏の舎衛の三億説に迎合した達師をも公然と批判したものでした。
つまり、万年元気さんは浅井氏の広宣流布の考えを斥けて、一歩、40年前の創価学会の考えに歩み寄ったように見えます。まあ、こう書かれると気分を害されるかもしれません。しかし、自分が一つの主張をし、少なくても人に話し進める限りは“責任”が伴います。まず、しっかり過去の資料を読み込んで、時系列と変遷を頭に叩き込んでから行動されるべきであると、私は思います。
ここでの議論が、そのブレーンストーミングになれば、幸いです。
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