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「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について
43
:
ワラシナ
:2002/10/06(日) 00:17
「一つの広宣流布モデル」
0、<要点>
0−1かって二フティーで一回、置時計さんの掲示板で一回、次の観察を述べた。「一箇寺運営に足る所属信徒300名あたりで講中離脱事件としての妙信講独移籍、妙観講移籍問題が発生している。そして、両講中の発展の軌跡がほぼ同じで、20年で50倍になっている。発足時300名前後で20年経った時ほぼ50倍の15000名になっている。」と。
今回三回目の指摘では、この同じ観察を繰り返すのではなく、この観察の応用面を言うことで新鮮味を与える事を狙ったものである。
0−2、どういう応用面に気がついたかといえば、「一つの広宣流布実行モデル」としてである。
ここでは、日本の全国民の日蓮正宗入信を広宣流布達成、とすれば、上の両講発展段階を他の支部も辿らせるようにすれば、ある見通しができる。
日本の総人口を一億二千万として、20年掛かって、一箇寺一万五千名の寺を8千寺作れば総人口になる。従って広宣流布達成時には、半分4000箇寺が浅井講頭のような講頭で、残りの半分4000箇寺が大草講頭のような強力なリーダーシップを持った講頭で占められることになる。
1−、<主張、言いたいこと>
だが、私の今回ここで言いたい事は「上のような広布達成への机上プラン」が出来上がる、という事を示すにとどまっていて、このプランの是非を論じたりすることではないのである。
現実のデータをもとにした具体的な活動目標を伴ったこのような机上プラン、に対しての教界の人々の反応の冷ややかさに、人々のこの問題に対して抱く平均体温的な標準値のような、何かの基準に相当するものが出てはしないか、という提言なのである。
2、上のモデルは全くの極端で誰も本気で採用はしないであろう。第一、日達上人ご自身がs’51説法で広布達成認定基準として、「日本の全国民の日蓮正宗入信」を退けているからである。「日本国民の三分の一以上の正宗入信者達成」というお考えを発表されているからである。
3、確かに、この、極端モデルはリアリティを欠いたところがあって誰も受け入れられないであろう。だが、この極端モデルは、歴史と伝統、過去からの慣習を踏襲する教界にあっては別な価値があると思う。それは、これからも闘争形態として、寺院中心を貫けばどうなるか、の実験結果として、妙信講、妙観講の布教実績データがある、という解釈ができるからである。
あのような強力な指導者の元でどんなに死力を尽くして頑張っても、あの布教実績を乗り越えることは無理だ、あの両講中の成果、あれが一種の限界だ、という解釈ができるからである。
4、これはあたりまえで、発足時のメンバーの資質が同じで、寺院行事絶対優先で予定を組めば、活動時間が限られてくるからである。
5、<結語>
これから何を目指して布教活動をしていくのか、将来どうなっていくのかは、人生に「これから」の残っている若い世代が一番注目しているところであろう。また全ての世代の人にとっても、現代では、予測的、予期的な生き方を可能にする哲学が必要とされている、と思うのである。だからその為にも自分の所属している教団の発展過程の正確なデータを知りたい、と思うのである。
これからも支部活動中心で行くとすれば、(画期的な布教新技術の開発がない限り)その行き着くところは大体見当がつく、その目安を両講中の足跡が示していると思うのである。先輩が命がけで活動した実績であれば、参考にしないわけにはいかない。
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