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「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について

38菊水護国:2002/03/10(日) 23:20
まず、国会決議云々も私は考えておりません。なるほど、国会決議を経れば帝の御意志に関係なくして勅が発せられるでしょうが、これでは大聖人様の言われる意味の国主帰依にはならないと考えます。
真の意味での国主帰依は国主が心から帰依しなければ意味をなしません。それに国主=統治主権とも考えておりません。記紀以来の日本国のなりたちから言って、王は政治の埒外の存在と考えます。

さて本題ですが、まず私は新興在家教団達のように広宣流布が、すぐに来るとは、考えていません。それはまさしく御仏意に任せるしかないと考えております。そこで現在の状況から目師再誕の状況を想像するのはおこがましいのですが、あえて考えますと、2段階を踏む必要を感じます。まずは仏法以外の西洋宗教との決戦。
そして第2段階として、仏法については、現在既に東宮護持の曼荼羅(大石寺の御守様)が三代目を迎えております。またもれ伺うところによると、大嘗祭での「ゆうき殿」において寿量品を訓読するそうです。
そこに天皇家の法華帰依の意思は間違いないと確信し、現状の法華帰依を標榜する全教団を相手にするしかないと考えます(そこには大聖人以前の天台宗等も含むと考えます)。なお、創価学会新興宗教系を含むかは全く分かりません。
ちなみに何度も言いますが現状での考えです。私は即座に広宣流布が来るとは思ってませんので、そのときの現状はまた変わっていると思います。なお、全て私見ですよ。


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