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「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について
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:
菊水護国
:2002/03/10(日) 19:35
お久しぶりです。メール頂きまして、拝見しました。
本門戒壇については「国主帰依」「戒壇建立」になると思います。次に三秘抄の「勅宣並びに御教書」ですが、有職故事を紐解いて考えますと、勅宣は「陛下の面前に文武百官を揃え、陛下の勅が発せられ、その後に文武百官が万歳をして効力を生じる」そうですから、ただの詔勅ではいけないことになります。御教書は三位以上の公卿の出す公文書または将軍の命令書ですから、勅宣に補完される「太政官奥書」または「将軍の命令書」が考えられます。
さて、現在でもあるのは詔勅で勅宣ではありませんが、即位の大礼における形式が勅宣に近いものと考えられます。総理大臣等国務大臣が即位を祝って万歳をする形式がですが。
さて、伝教大師の戒壇は帝の面前で、南都仏教を破して成立したのですから、現在でも最終的には今上天皇の面前での公開法論が欠くことができないと考えます。
しかるのちに、今上天皇(有徳王)が日目上人(覚徳比丘)に帰依し、御戒壇様に初めて樒を捧げる退任を果たされる事と考えます。
これは右翼である僕の一種の夢ですから、全く宗門の考えは書きませんでした。
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