したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について

20独歩:2002/03/08(金) 11:54

―19からつづく―

>> 国民の過半数が顕正会になろうと、・・・大石寺は顕正会の言うことは、・・ありませんよ。
> 別に顕正会が過半数でなくても良いんじゃないですか。独歩様がどこの団体に所属しているのか分かりません(自己紹介のスレッドでも見つかりません)が、たとえば法華講が拡大した結果でもよいのではないですか。問答名人様のの期待は富士門が合同することですが、そうなれば更に素晴らしいことですよね。

つまり、国会決議であればどこででも、ということを言いたいのでしょうか。
これは上述のとおり、所有者が石山住職である以上、空理空論の域を出ません。
所属という点を再掲すれば、聖人に「所属」などという意識も、もっと言えば、興門であるとか、他門であるとかといった派祖意識もまったくなかったでしょう。私は、その聖人の祖意に基づきます。

> 独歩さんは顕正会がカルト教団だというマインドコントロールにかかっいるのではないですか(皮肉、いやみです、無視してください)。

これについては、私は顕正会をけっしてカルト教団と認定するものではありませんが、ハッサンの

皮肉なことに、カルトのメンバーたちはおたがいに、ほかのカルト集団に入ったものを見下げている。すぐ、『あの人たちは、カルトに入っているのだ』とか『【彼らは】洗脳されている』とか認めてしまう。自分自身の状況から抜け出して、自分を客観的に眺めることができないのである(『マインド・コントロールの恐怖』151頁)

という言葉を紹介するのに留めます。

>> 顕正会を許す猊下が当座する、そんなありもしない夢物語が前提になっている話しではないでしょうか。
> おっしゃる通り正宗が正常に戻ることを期待しています。それが「夢物語」だというのはどういう理由によるのでしょうか。是非伺いたいと思います。他の人も関心あると思います。

石山が正常に戻ることは、私も期待します。しかし、正常になることが顕正会を認める・許す意味を含むというのは勝手な解釈でしょう。

何度か記してきましたが、盛年元気さんは顕正会で与えられた視点でしか大石寺、猊下、戒壇之本尊というものを見ていないのではないでしょうか。
石山には、憲法改正で戒壇を作る意図もなければ、顕正会を日蓮正宗の信徒であると見る意識もありません。解散命令をして、葬り去った過去の団体であり、日蓮正宗とは無縁の存在であるという意識があるだけです。

子どもたちが若いタレントに熱を上げて、そのタレントのことであればなんでも知っている、けれど、タレントのほうからすれば、そのファンのことなど知る由もありません。

同じように顕正会が富士だ、日蓮正宗だを名乗るのは、それは自由です。しかし、そのことは石山にも、その住職にも、また、その他僧俗にとってもまったく関係のない団体の騒ぎに異なりません。簡単に言えば問題外であるということです。

ただ、そのような石山の在り方を正しいというわけではありません。しかし、同じく盛年元気さんが、ここにアナウンスする顕正会の憲法改正議論もまた、正しいとは言い難いと私は考えます。


> いちりんさんへ
申し訳ありませんが、反論したい欲求が生じません…

ここでもまた、反論ですか。
ロムの立場から言わせてもらえば、失礼ながら、反論した欲求が生じないというより、反論するだけの知識も考えもないのであろうと観察することになります。
私は、いちりんさんが10にかかれたことは実に当を得た的確な指摘であると判断します。また、問答名人さんが15に書かれることにも同意を表するものです。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板