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「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について

15問答迷人:2002/03/08(金) 07:58

盛年元気さん

横レス失礼の段、お許し下さい。

>この意味はなんでしょう。もともと大石寺あるはずの御本尊がないかも、というこのとなのか、その御本尊が本門の御本尊ではない、ということなのでしょうか。独歩さんの言わんとすることを理解できかねます。

顕正会の主張は、概ね、日寛上人の六巻抄に述べられた、本門戒壇の捉え方の延長に有ると思っています。私は、掲示板御参加の顕正会の方に誘われて、ビデオ放映にも参加させていただきましたし、顕正新聞も毎回、読ませて戴いています。一時期は、殆どシンパとも言えるぐらいに、顕正会を高く評価していた時期もありました。

問題は、この大石寺の戒壇の大本尊様なのです。宗門の上代からの資料をまとめた富士宗学要集という書物があります。59世の日亨上人の編纂になるものです。有る方から、宗学要集全10巻のテキストファイル版を頂戴しまして、様々な角度から、パソコン検索を実施しました。この経過は、この掲示板の過去ログ、『大石寺の歴史について』及び、『続大石寺の歴史』スレッドにおいて書きこませて戴いております。分量がかなりありますが、御覧戴ければ幸いです。(過去ログへは、この掲示板のTOPより入れます)

検索の結果、得られた結論は、大石寺の戒壇の大本尊様は、日蓮大聖人ご自身が御建立されたものとは、到底考えられない、という事です。恐らくは、日顕上人が以前、河辺師に語ったとされる、河辺メモの記述が最も信憑性があるのではないかと、私は現在ではその様に考えています。即ち、日蓮大聖人の御真筆御本尊、恐らくは、日禅授与御本尊の模刻を元に、新しい書写との合成で作られたものであろう、製作者は、恐らく、9世日有上人ではなかろうか。その様に考えて居ります。また、広宣流布達成の段階で建立されるべき本門戒壇堂に、曼荼羅を安置する、というお考えは、恐らく、日蓮大聖人はお持ちでなく、後世の富士門流において考えられた事であろうと考えています。さらに、三大秘法抄についても、内容からして、偽書の疑いが高いのではないかと考えております。

このようなことから、私は、国立戒壇論が、過去において、富士門流の基本的な考え方であった事実を踏まえても、現段階においては、否定的に考えております。何か、御参考になれば幸いです。


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