[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について
125
:
犀角独歩
:2009/07/19(日) 02:06:42
>日蓮正宗信徒なら三大秘法抄・一期弘法抄を真撰御書とするのが当然です。
日蓮正宗信徒であるかどうか、そんなことは事実の前で、関係ありません。
> 総じて「一信徒」氏の書き込みは正信会所属かつ興風談所支持に見受けられますが、その場合でも正信会は既に宗教法人(包括宗教法人)を取得。日蓮正宗ではなくなっています。
別に、一信徒さんの発言は正信会によっているわけではないでしょう。
また、仮にそれを支持しているところで、それが事実であれば、けっこうなことです。
繰り返しますが、日蓮正宗であるかどうか、そんなことは事実の前ではまったく関係ありません。
> 従って挙証義務は日蓮正宗根本信条に異議を唱える「一信徒」氏にあります。
異議を唱えて、何が悪いのですか。
日蓮正宗が、別に正しいといったことはないでしょう。
二箇相承が本物であるというのであれば、証拠を挙げればよろしい。
挙げられなければ、証拠を挙げられないものを信じ込んでいるということを露呈しているだけです。
> 戒壇建立は山川智應博士
山川智應? 大石寺となんの関係があるのですか。
> 国立戒壇は御書の通りに本門戒壇と呼ぶべき
総じて、124の書き込みは大石寺の主張を無謬とする前提に乗っ取っていますね。では、その大石寺が国立戒壇を本門戒壇と、だれがどこで主張しているのでしょうか。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板