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「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について

1管理者:2002/03/05(火) 22:20

盛年元気さんより、ねスレッドテーマの提案がありました。立ち上げます。要請文は以下の通りです。

5 名前: 盛年元気 投稿日: 2002/03/05(火) 21:41

『「広宣流布、本門の戒壇」の解釈又は定義について』というスレッドの立ち上げを提案します。(自己紹介はそのスレッドに投稿しました)
 富士門の各団体の違いの基本は、「広宣流布、本門の戒壇」の解釈の違いにあるとしてよいのではないのでしょうか。細かなところでは色々とあるのでしょうが。
 で、それぞれの団体又はこのネットワークの参加者個人がどのようにこれを解釈しているのか、その違いを明確にするのは富士門内の相互理解に重要だと思います。
 このネットも含めてINで調べたけれど、他の団体の前述の内容に限定した教義が良く分かりません。それぞれの団体(日蓮正宗、創価学会、正信会、顕正会)の主張は明快に定義されていてしかるべきと思いますが。
 顕正会の場合は昭和35年当時の他の団体と共通の「本門の戒壇=国立戒壇」です。私個人としては「国立戒壇」という名称は「言い得て妙」だと思っています。
 「国立戒壇」を建立するには次のような過程が想定されます(私見です)。
 ①半数以上の有権者の確保(広宣流布)。
 ②国会議員3分の2以上の確保(①が達成されれば選挙法の改正で可能になるか)。
 ③本門の戒壇の建立を国会決議(国会決議されたものは天皇の承認も以って発効する)。
 ④戒壇建立と本門の御本尊の移管。
  なお、「憲法改正」を要することは浅井先生の指摘するところです。

2いちりん:2002/03/06(水) 00:38
う〜ん。
そもそも、いったい、なんのために「国立戒壇」が必要なんでしょうか?

3問答迷人:2002/03/06(水) 07:46

盛年元気さん
いちりんさん

>富士門の各団体の違いの基本は、「広宣流布、本門の戒壇」の解釈の違いにあるとしてよいのではないのでしょうか。細かなところでは色々とあるのでしょうが。

一応、その様に考えられています。しかし、私は、もっと根本的に、本門の戒壇に対する見解の違いが、今日の混乱の原因であると、捉えなくてはならないと考えています。

>顕正会の場合は昭和35年当時の他の団体と共通の「本門の戒壇=国立戒壇」です。私個人としては「国立戒壇」という名称は「言い得て妙」だと思っています。

顕正会の国立戒壇の主張は、三大秘法抄を根拠としています。ところが、正信会の日蓮聖人展で配布されたパンフレットの中で、山川師は三大秘法抄が偽書である可能性が高いと論じています。独歩さんのホームページに挙がっていますのでご覧下さい。

http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/ssk_sandaihiho_001.html

宗門や創価学会は、今のところ、三大秘法抄を偽書とはしない立場で物を考えている様ですが、正信会が今回完成させた、『御書システム』(正しくは本年4月28日完成予定)を駆使した、山川師の今回の研究はかなりの説得力があり、注目に値します。これからは、単に、三大秘法抄の解釈論争に留まることなく、もう一度、聖人の仏法の原点に戻って、立正安国論に立脚した形で、本門の戒壇がどうあるべきなのか、という議論がどうしても必要になってくると考えています。それは、いちりんさんが仰る『なんのために「国立戒壇」が必要なんでしょうか?』という議論であると思います。

4問答迷人:2002/03/06(水) 08:13

訂正です。

山川師の今回の研究 ⇒ 山上師の今回の研究

5独歩:2002/03/06(水) 13:03
盛年元気さん:

はじめまして。
国立戒壇、こんな言葉がいまだに生き残っているのですね。
要はポイントとなるのは、言われているような国立戒壇論が、本当に聖人の祖意なのかどうか、ここをまず明確にしてから、行動すべきでしょう。

この点について、かつて顕正会現役信徒である櫻川さんと議論を、私のサイトにアップしてあります。

「日蓮聖人は富士山本門寺戒壇義を述べず」櫻川さん、ワラシナさんと独歩の対話
http://www.geocities.co.jp/CollegeLife-Library/6963/s_w_d_dis.html


なお、1に記される①から④は、40年前に正本堂を建てるときに創価学会が打ち出した路線と大同小異ですね。

驚くのは①ですね。当時、妙信講(現・顕正会)は、池田氏の舎衛の三億の比喩からする「国民の3分1が日蓮正宗信徒になったら広宣流布」という説に公然と意を論じたと記憶しています。一国広宣流布とは「万民一同に南無妙法蓮華経」また「梵天帝釈等の御計として日本国一時に信ずる事あるべし」を論拠に、池田氏の舎衛の三億説に迎合した達師をも公然と批判したものでした。

つまり、万年元気さんは浅井氏の広宣流布の考えを斥けて、一歩、40年前の創価学会の考えに歩み寄ったように見えます。まあ、こう書かれると気分を害されるかもしれません。しかし、自分が一つの主張をし、少なくても人に話し進める限りは“責任”が伴います。まず、しっかり過去の資料を読み込んで、時系列と変遷を頭に叩き込んでから行動されるべきであると、私は思います。

ここでの議論が、そのブレーンストーミングになれば、幸いです。


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