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富士山本門寺について教えて下さい

83独学徒:2007/02/25(日) 21:22:31

れんさん、

>伝日法師彫刻板本尊は富士久遠寺の所蔵ではないでしょうか?保田にもありましたっけ?

紛らわしい表記で申し訳ありませんでした。
先に記しました妙本寺の板曼荼羅とは、山梨県の法華宗寺院の妙本寺のことです。伝日法彫刻板曼荼羅を所蔵する寺院です。
http://fujigoko.tv/furusato/bunka/act08.html

こちらは寺伝では、日法が日春の33回忌に彫刻したというものですが、「大過去帳」を定本とした「日蓮正宗富士年表」の記述を、仮に無批判に採用したとすれば、日春寂1311年、日法寂1341年ですので、年代的に合わないというのが私の疑問点です。

しゅんかんさん、

>日法師は彫刻の名人であったと後人が推察出来ない事に成りませんでしょうか?

そうですね。
しかし確実な事跡が無いことも事実のようです。
日法が彫刻師であるという伝承が、どこまで遡れるかですね。

身延の行学院日朝による「元祖化導記」には
『三十、御身骨を身延山に移し奉ること
 或る記に云く、御身骨をば御遺言に任せて、十月二十一日池上より飯田まで、二十二日湯本、二十三日車返、二十四日上野南条七郎宿所、二十五日甲斐の国に入りたまへり、同十月二十九日御そ木を取り、御影像建立之れ在り、作者日法、七七日御仏事御入堂之れ在り、一百ケ日御墓立て了んぬ、軈て御舎利奉納等と云云。』
とありますが、これは日澄の「日蓮聖人註画讃」に由来するものと思います。

聖人滅後、身延で彫刻された御影といえば、「日順雑集」にも出てくるところですが、蓮祖ゲームならぬ連想ゲームをすれば、保田の御影は調査の価値ありということでしょうか。
仮に保田の御影が日法作というならば、何故に「不動愛染感見記」が文化財になったのに、御影の方はならなかったのか不思議なところです。
ただ保田の御影は、岡山方面の某研究者らも注目しているようですので、それなりに価値のあるものならば、いずれ論考として発表されるところでしょう。


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