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富士山本門寺について教えて下さい

71犀角独歩:2007/02/19(月) 10:26:32

れんさん
独学徒さん

「日蓮聖人の弟子○○」との点のご教示、有り難うございます。
これは仰るとおりでしょうね。考えを改めることとします。
また、日目門下が日興を飛び越えていないようであるとのことも合点しました。
慎んで御礼申し上げます。

特に資料を手放しに申し上げれば、日興が南条へ赴いたのは、日目の縁故で客人として仮寓したという風ではなかったのかと思えます。

今風の表現をすれば、地主・南条で、借主は日目、そこに日興が客人扱いで寓居した。それに対して、重須は、借主が日興その人になったので、ここでようやく日興は安住の地を得たということになりますか。

わたしは日興において、最も重宝した弟子は寂仙日澄その人ではなかったのかという立場です。天台に章安がある如く、日興のイマジネーションは、この希有の天才によって言語されたのではないのか。それを資した日順もまた英才ではあった。しかし、とても日澄には及ばなかった。その夭逝は、すなわち日興の挫折ともなっていったと思っています。
檀所に日順、大坊に日代。これは実質、日興が直接経営する重須でのことです。一方の石山のことは、副次的で日目は霞んで見えます。

たしかに日目の勲功は、否定されるものではないにせよ、日興の生涯から考えて、興風や、石山の解釈のような特別扱いをやめて、実像を見たい。そのためには、手放しの賞賛は、いったん、置かないと前が見えないという思いです。


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