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富士山本門寺について教えて下さい

63独学徒:2007/02/18(日) 19:47:27

犀角独歩さん

> 弟子日目は日興に随身給仕しなかったのでしょうか。・・・管領は南条家だったのではないでしょうか。

日目・日仙・日善の連名で書かれた、「日興上人御遺跡事」には、「日興上人の仰せによって支配し奉る事件の如し」というわけですから、日目が重須で給仕しなかったことも、全ては師日興の仰せによったのだと解釈しています。

>日興の弟子と日目が言っていない点はどうですか。

日興・日目の時代は、「天台沙門」と名乗るべきか、「日蓮聖人の弟子」と名乗るべきかの時代であって、師日興が「日蓮聖人の弟子」と名乗るべきといっている以上、師の仰せに従順に従ったのだと思います。

>これは決めつけでしょう。日目は「日蓮聖人の弟子」といって、・・・本門寺と天奏と、どのような関係があるでしょうか。

決めつけといってしまえば、全てが決めつけになってしまうと思います。
「日蓮聖人の弟子」との名乗りは、日興の思想によっている以上、この一事をもって日興と日目との間を云々は出来ないと考えます。


>では、なんのために、日興から本尊を下げてもらったのでしょうか。矛盾しませんか。この会通はどうなりますか。

これは自分の弟子は、日興の弟子でもあるという意思表示ではないかと考えています。

>具体的な例を挙げてください。

現に要法寺の本堂は日興の曼荼羅ですし、尊門が日興を歴代系譜から外してした事跡の方こそ、上代文書から現代に至るまで私は存じ上げません。

>しかし、実際のところ、日興は重須で弟子を育成していたのは、事実ではないですか。ここは檀所で、日興の管轄です。

この点は全く異議御座いません。


>しかし、大石寺は南条の氏寺、日興が云々という話とはならないでしょう。・・・この点はどうなんでしょうか。

日目の態度は、あくまでも日興の仰せによっているのではないかと考えています。
大石寺が南条の私寺というのが、私は良くわからないのですが、何か南条家の文書か何かにそうあるのでしょうか。

>また、東西分離は、では、誰がしたのですか、日興ですか、日目ですか、それとも南条ですか。独学徒さんは、日目だというわけでしょう。

違います。
私は東西分離を日目がした等は判断できません。
よってこの点は、興風談所の見解を支持していると申し上げているのです。
今すぐにその文献を引くことが出来ませんが、興風誌上で読んだ記憶があります。

>孫弟子の分際で、直弟子を名乗ったという意味です。僭越でしょう。

私は日目が僭越な弟子だとは思いません。
どこをどうとっても、日目は日興の弟子としてなんら問題を感ずるところはありません。


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