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富士山本門寺について教えて下さい
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:
犀角独歩
:2007/02/18(日) 11:30:27
もう少し創価学会のことについて、補填しておきます。
独学徒さんが関わっている創価学会と、わたしが関わった創価学会は違います。わたしがいた創価学会は、平成2年までのそれです。
御本尊を独自印刷も、頒布もしていませんでした。
日達さんに申請をし、下付されていました。授与書は「創価学会会長/法華講総講頭/池田大作」と必ず、ありました。石山に申請し、本尊は下付されていました。信徒となるということは、末寺に出向き御授戒をするという意味でした。
創価学会は表向きでは、石山をよく立てていましたし、日達さんに尊敬を示していました。
しかし、正本堂建立後から、雲行きは怪しくなっていきました。
わたしが、石山二分の記事を見て、思い出したのは、以下の事件です。
日興を僭称する偽作板本尊を安置する妙光寺の出来事です。
何か会議が、ここで開催されました。その時に、池田さんは、「猊下」の末座に据えられたと激怒したのです。
創価学会の主張は会長と「猊下」は横並び、並座でなければならないというものでした。この話を聞いたとき、正直、わたしは「そんなばかな」と思ったのを覚えています。
東西に分けて二分したという記事を読んだとき、この事件が彷彿と思い起こされたということです。
日目が「日蓮聖人の弟子」を名乗るということは、僧侶社会を少しでも見聞してきたわたしからすれば、僭越だと思います。強い師匠であれば、場合によっては破門するでしょう。
しかし、日興はそれができなかったか、もしくはしなかった。。
天奏までできる日目の財力と人脈は看過できなかったのではないか、穿った言い方をすれば、そう見えます。
この点でも、あの傲慢な態度を取った創価学会会長を直ちに破門できなかった石山の風景とダブります。
要は、日目というのは、弟子にしては頭が高い。ただし、それは出身がなせる業で、当人はあまり悪気もなく、自覚がなかった、日興も気にしていなかったのかも知れません。しかし700年を経たいま、端から見た日目の態度を弟子にあるべからざる態度と映じると言うことです。
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