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富士山本門寺について教えて下さい

2バックアップ:2002/02/26(火) 13:53

12 名前: 独歩 投稿日: 2001/01/28(日) 21:57

お邪魔します。
本門本宗の主張について、ちょっと、記します。
私はもうかれこれ20年ほど前、教祖が小野寺直と名乗っていた頃に初めて会いました。
そのためにその後、日了と名乗りだし、本門本宗を起こす歴史を時間軸で見てきました。
その経験から記します。

小野寺さんは、もう20年ほど前、たしかに、いま言っているようなことはすでに
言っていました。初めて紹介されたときは「実業家」というふれこみでした。
後醍醐天皇から拝受したという紫衣を見せて貰い手に取ったこともあります。

あの人は創価学会のある人間とデパート・松屋の外商・お菓子の榮太郎と組んで、
当時、まだ大石寺にあった御影堂売店にお土産の羊羹を売り出そうとしたことが
あったんです。この羊羹のパッケージの外装デザインに使われたのがなんと紫衣!!
商品名は「瑞鳳」。こんなことを知っているのは何人もいません。
正直、私は広宣流布にかかるはずの日目上人の、それも天皇から貰ったという紫衣を
パッケージデザインに使うっていうのはなんたることか!と疑問にもったものです。
そのようなことから多少、あそこの初期の内部事情を知っています。

彼が実業家で、売り込みを行う人であること、これは重要な点です。
まず、あそこの本尊は保田妙本寺の万年救護のレプリカです。これが本因妙大本尊の
正体です。
また、紫衣の信憑性は手に取った限り、ほとんどありませんでした。

あと、重要な点を記します。
あそこの主張では「小野寺さんは日目上人の末裔で、大聖人の仏法を受け継げるのは
日目上人の血筋の者」ということになっているんです。まあ日目上人は日蓮大聖人・
日興上人の流れから見るのではなく、大聖人から即行日目上人としたかったのは自分が
日目上人の末裔であるという伏線によるわけです。
ところがです。日蓮正宗では明治に至るまで僧侶は妻帯をしていませんでした。上代は
もちろんのこと、三祖が妻帯をしたことはないですし、子供がいたなんて話もない。
それなのになんで日目上人の末裔がいるわけがあるんでしょうか。
僧侶は子供によって継ぐのではなく、法統によって継ぐのが慣例です。つまり、日道上人
に継いだわけです。(これに異論を唱えたのが保田の基・日郷上人でした)
ああ、それなのに彼は自分こそ日目上人の末裔だというんですね。彼は当時、大聖人以来
の僧侶が妻帯をしなかったという基本的な事実を現代の僧侶状況と同じと見て、日目上人
末裔説を作ったわけでした。(そのあと、その事実に気付き、あれこれと論を取り繕い、現在に至っているわけですね)

もちろん、そんな事情を見抜かれて大石寺からは、御影堂売店で羊羹「瑞鳳」販売する
商売の話は一蹴されました。
組んでいた創価学会の人間は面目丸つぶれ。以来、日蓮正宗と創価学会への怨念は増した
のでした。
実業家が宗教の開祖になったわけです。そこで語られる本尊・教義・宝物、信憑性があるわけないと私は思うのです。

以上、これは批判などではなく、事実です。小野寺さん自身、この私の書き込みを読めば、
私が誰であるか、だいたいの予想はつくはずです。まあ、認めないでしょうけど。


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