[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
2001-
2101-
2201-
2301-
2401-
2501-
2601-
2701-
2801-
2901-
3001-
3101-
3201-
3301-
3401-
3501-
3601-
3701-
3801-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
素朴な疑問
3442
:
顕正居士
:2007/07/10(火) 00:44:58
>>3440
犀角独歩さん。日蓮は聖僧としての上行菩薩の近未来出現を期待していたと私も考えます。
日蓮の王仏思想は北嶺南都のジハド思想そのままで、これが完全に片付くのは織田信長を
待たねばならない。同様の思想に依然停滞していたカトリック勢力も追放し、豊臣秀吉により
世界最初の政教分離国家日本ができます。
日蓮の王仏思想はそのように時代遅れのものでしたが、一閻浮提闘諍の世界を直感したのは
素晴らしかった。当時、ユーラシアの真ん中にクビライ・ハンの世界帝国が成立していました。
豊田有恒さんの小説のように、もし四汗国の分裂抗争がなければ、13世紀に地球は統一され、
数百年早く文明が進歩した可能性は否定できません。実際にはナポレオン帝国と同様に
各地の民族主義を昂揚させ、別の形で文明の進化を促した。
クビライ・ハンの世界帝国は商業帝国であり、グローバライゼーションのために商業と相性のよい
インド大乗仏教を国教とした。帝師パスパはほぼ日蓮と同時代の人。摂受を行う聖僧と折伏を行う
賢王は実在したのですね。
なお悪国とか破法とかに深い理屈はなく、北嶺南都の常識がまず動かないものとしてあった。
章安荊渓の釈を引く大乗涅槃経折伏(ジハド)思想です。法華思想とは整合しませんから、
日蓮の言説は検討すると論理的にあいまいですが、乗急戒緩の思想がもう常識だったでしょう。
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板