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素朴な疑問

2799藤川一郎:2006/08/31(木) 12:06:11
>>2796
実は上記文章を読みまして、一見正しいと思ったのですが、何か違和感を感じました。
まず、元々在家信徒で、(1)〜(3)までを厳格(明確)に捉えていた方はほとんどいなかったように思います。

まず(1)ですが「歴代法主書写の本尊」はもちろん「宗祖真筆本尊全て」が「戒壇の御本尊の写し」と拝するのが石山の法義ですので、そこには「宗祖真筆本尊を除外視する」又は、「宗祖真筆本尊を歴代本尊よりも低く視る」義は余りありません。
それが証拠に他門から石山信徒になる時に「たまたま先祖伝来の宗祖真筆本尊があったら授戒の後に、そのまま感得させる」事もあります(大体が痛んでいますので、表具師を紹介することも多いのですが)。
今でもその原則に違いはありませんが、さすがに宗祖真筆を所持している人は稀少ですから、余り目立たないのでは無いでしょうか?
事実、宗祖真筆本尊の御形木御本尊や板にお直しした本尊や御影様を、自仏堂に祀っている石山信徒もおります(まあそこそこのお金持ちで無ければ、経済的に無理でしょうが・笑)。

(2)〜(3)に関しては、実質的にはそこまで厳格に考えず、自らの「“伝戒之師(戒師)”がこれを本尊として拝せよ」と言われたものを本尊と拝する訳ですから、そこには唯授一人の法主云々が余り関係なく「伝戒之師と弟子の師弟関係」から存するのが本尊なのです。

現今の御形木御本尊は単純に、その昔「末寺住職が書写した判形無き御本尊」の延長にあって、所謂、仮本尊に当たるのでしょうが、その後戒師とともに本山法主上人にお目通りの上、改めて、仮本尊に判形・裏書きを頂くか、常住御本尊を別に頂く訳です。
その場合でも法主上人が重要と言うよりも、法主上人に取り次いだ戒師の存在に重きを置くのでしょう。
ですから、法主上人から下される時点では、板本尊なら原紙、紙幅なら表具の無い状態を、戒師の指示に従って、石山御用達の仏師を手配するか、表具師を手配するかして貰うわけです。そして住職が改めて入仏法要を行われる訳です。


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