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東日本大震災について

42凡人:2011/03/29(火) 14:02:10
泥だらけ遺体「少しでもきれいに」 福島・南相馬市 検視の警部補 
2011.3.29 産経

太平洋沿岸沿いの集落は、津波によって壊滅的な打撃を受けた=12日、福島県南相馬市(緑川真実撮影)

 津波に、余震、原発…。「正直、怖かった」。東日本大震災で津波に襲われ、原発事故で屋内退避地域となった福島県南相馬市。検視のため現地に派遣されたある警察本部の40代の警部補が、懸命に遺体と向き合った1週間を振り返った。

 「遺体はまるで泥の塊だった」。警部補が南相馬市に入ったのは地震発生2日後。5府県警の計160人が10人ずつのチームをつくり、東京電力福島原発から約20キロの高校体育館で検視を続けた。

 最初の遺体を見て絶句した。泥で真っ黒になった顔。体は傷だらけ。次から次に運ばれてくる遺体に、番号札を付ける。抱っこひもをした女性もいたが、抱いていたはずの赤ちゃんはいない。

 数々の事件現場を経験したが「災害はこんなに多くの罪のない人の命を一瞬で奪うのか」と、やるせない感情が押し寄せてきた。

 消防車の高圧放水で泥を流して服を脱がせ、1体ずつバケツの水で手洗いする。「少しでもきれいにして家族に返したかった」。どの警察官も同じ思いだった。「みんなが遺体を自分の家族に置き換えていた」

 体育館の中は静かだった。黙々と検視を進める。休憩時間になっても誰もしゃべらない。死因は溺死がほとんど。遺体の胸を押して、口から水が出るのを確認した。身元不明遺体は指紋を採り、DNA鑑定のために血液や爪を採取した。

 一方、余震や原発事故の影響で、検視作業は度々、中断させられた。食事は自分たちで調達し、車内で宿泊することも。「放射線の状況は何も分からない。余震もあり、正直怖かった」。それでも、誰も帰りたいとは口にしなかった。

 妻からは「一人でも多くの人を家族の元に帰してあげてね」とメールが届く。

 警部補のチームは1週間で約50体を検視したが「何もできなかった」と無力感にさいなまれた。任務を終えた帰りの道中、南相馬市は雪が積もっていた。

 「この下にはまだまだ千人以上の人が眠っている。また、助けにくるから」。そう誓わずにはいられなかった。


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