したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | |

東日本大震災について

1凡人:2011/03/25(金) 14:44:35
2011/03/11 に発生した東北地方太平洋沖地震。マグニチュードはM9.0。震災による他、その後発生した10メートルを超える大津波による家屋、人命被害、および福島第一・第二原発で冷却機能をストップさせ、それに伴い燃料棒が一部溶融し水素爆発によって放射能が放出する事故まで引き起こした。第一原発の放射能放出は依然続いており、現時点ではまだコントロールできていない状況。

2凡人:2011/03/27(日) 02:20:37
13火山、地震後に活発化「1〜2カ月は注意必要」(2011.3.26産経)

 東日本大震災後に、周辺で地震活動が活発になった活火山が少なくとも全国で13あることが26日、気象庁などへの取材で分かった。専門家は「1〜2カ月は注意深く観測する必要がある」と指摘している。

 地震の増加が観測されたのは、関東や中部の(1)日光白根山(2)富士山(3)箱根山(4)焼岳(5)乗鞍岳(6)伊豆大島(7)新島(8)神津島、九州の(9)鶴見岳・伽藍岳(10)九重山(11)阿蘇山、南西諸島の(12)中之島(13)諏訪之瀬島。

 大半は11日の巨大地震直後から地震が増え、翌日には収まったが、箱根山、焼岳、富士山の周辺では25日時点でも地震活動が継続。 静岡大の小山真人教授(火山学)は「巨大地震により、地殻のひずみが解放された領域がある一方で、別の領域のひずみは蓄積され、東日本全体の地殻の状態が不安定になってしまった」と警鐘を鳴らしている。

3凡人:2011/03/27(日) 04:00:20
静岡の震度6強は誘発か 富士山噴火の懸念も… 暴れる巨大エネルギー
2011.3.16 産経 (1/2ページ)

 静岡県東部で震度6強を観測した15日夜の地震は、11日の東日本大震災をもたらした巨大地震で誘発された可能性が大きい。震源付近では巨大地震の直後から箱根で群発地震が起きており、富士山の火山活動の活発化を懸念する声も出始めた。マグニチュード(M)9.0という巨大エネルギーの「余波」が日本列島を揺さぶっている。

 「この場所で過去に地震はあまり起きていない。想像外だ」。防災科学技術研究所・地震研究部の松村正三研究参事は15日夜、驚きの言葉を口にした。

 巨大地震の発生後、内陸で大きな地震が相次いでいる。12日の長野県北部の震度6強(M6.7)に続き、今度は伊豆地方でM6.4の地震が起きた。

 海溝型の巨大地震が発生すると、地殻にかかる力が変化し、内陸直下型の地震が起きることがある。津波で約2万2千人が死亡した明治29年の三陸沖地震(M8.2)では、約2カ月後に秋田県で陸羽地震(M7.2)が起きた。

 ただ、今回の伊豆地方の地震は、巨大地震の三陸沖から遠く離れている。プレート(岩板)構造も巨大地震が太平洋プレートの沈み込み帯だったのに対し、伊豆地方はフィリピン海プレートが陸側に衝突する場所と、まったく違う。

 松村氏は「巨大地震は太平洋プレートの北半分が滑ったが、南半分はまだ動いていない。房総半島あたりで踏ん張っている南半分の力のしわ寄せが及んで、西隣のフィリピン海プレートを押し込んだのではないか」と話す。

4凡人:2011/03/27(日) 04:00:53
静岡の震度6強は誘発か 富士山噴火の懸念も… 暴れる巨大エネルギー
2011.3.16 14:59 (2/2ページ)

 京都大防災研究所・地震予知研究センターの遠田晋次准教授は、東日本大震災の巨大地震で地殻の断層にかかる力がどのように変化したかを計算した。その結果、東北地方の北上山地や房総半島東沖にかかる力が顕著に増加したほか、長野県の一部などでわずかに増加し、地震活動が活発化するとの結果が出た。

 東日本大震災の地震エネルギーがあまりにも巨大だったため、地震学者の多くは、日本列島は東日本を中心に地震の活動期に入ったとみる。ただ、今回の伊豆地方の地震と東海地震の関係については「震源域やメカニズムが違う」(気象庁)と否定的だ。

 巨大地震の影響は火山帯にも及んでいる。神奈川県温泉地学研究所によると、箱根火山の周辺では巨大地震の直後から群発地震が発生し、15日夕までに最大M4.8の地震を約850回観測した。火山活動に目立った変化はないものの、カルデラ内で揺れを感じることもあるという。

 名古屋大地震火山・防災研究センターの鷺谷威教授は「火山の地下はマグマや熱水で壊れやすいため、群発地震が誘発された」とした上で、「正直に言うと、気持ち悪いのは富士山との関係だ」と明かす。

 富士山の直下では約10年前、マグマ活動との関連が指摘されている低周波地震が頻発した。その後、静穏化したが、今回の伊豆地方の地震の震源の深さ約14キロは、この低周波地震の震源に近いという。

 鷺谷教授は「富士山は宝永の大噴火から約300年が経過し、いつ噴火してもおかしくない。今回の地震が引き金になる可能性もあり、推移を注意深く見ていきたい」と話している。

5凡人:2011/03/27(日) 04:33:13
ボランティア称し“震災泥棒”横行 「日本人は誇りを失ってしまったのか」2011.3.23 産経

自称・震災ボランティアの男がガソリンを抜き取っていた白いワゴン車。男は直後、県警に事情を聴かれていた=21日午後、宮城県南三陸町(本間英士撮影)

 震災で東北地方の石油精製所が大きな被害を受け、食料や水を被災地へ車で運ぶのに欠かせないガソリンが不足する中、宮城県南三陸町で、自称・震災ボランティアの男が横転した乗用車からガソリンを抜き取るところを目撃した。被災地では車内の金品を狙う車上荒らしも横行しているといい、南三陸町では有志の住民が自警団を結成し、パトロールに乗り出した。(本間英士)

 あたり一面ががれきと化し、住民の姿は見えず自衛隊員や消防隊員らしかいない南三陸町の沿岸部。取材していた21日午後2時ごろ、若い男が路上に横転した白いワゴン車の底部をバールで打ちつけているのに気づいた。

 しばらく見ていると、男は燃料タンクに穴を開け、灯油ポンプを差し込んで、中身を携行缶に移し始めた。

 近づいて「何をしているんですか?」と声をかけると、男は驚いた様子で言葉に詰まり、「ちょっと使うんです」。「あなたの車ですか」と尋ねると、目をそむけながら首を振った。

 そこに偶然、宮城県警のパトカーが通りかかり、異変に気づいた警察官2人が約10分間、男に職務質問。

 男は解放されると、近くに止めていた軽トラックに足早に乗り込み、記者をにらみつけて立ち去った。

 県警によると、男は職務質問に対し、「ボランティアとして県外から来た。ガソリンを使うつもりだった」と説明。車がもともと壊れていたことや男が反省の態度を示したことから、厳重注意にとどめたという。軽トラックには「新潟県中越沖地震支援」と記したステッカーが貼ってあった。

 今回の震災では、東北地方の石油精製所が被害を受け、ガソリンが不足している。警察や消防など緊急車両の燃料は優先的に確保されるが、一般車向けの燃料は行き渡らず、被災者は開店しているガソリンスタンドを苦労して探し出し、4、5時間並んで給油している。

 南三陸町では車内の金品を狙った車上荒らしも横行。約1500人が集まる「町スポーツ交流村ベイサイドアリーナ」駐車場で約10台のドアガラスが割られ、地元の芳賀善隆さん(67)らが自警団を結成しパトロールをしている。

 芳賀さんは「こんな大変な時なのに。日本人は誇りを失ってしまったのか」と寂しげにつぶやいた。

6凡人:2011/03/27(日) 04:49:55
ネットの情報交換活発 デマも飛び交う
2011.3.11 23:21

 東北・関東大地震が起きた11日、電話がつながりにくい状況が続く中、インターネットを使った情報交換が活発だったが、半面、デマも飛び交った。

 短文投稿サイト「ツイッター」では、地震の直後から被害の状況を報告する書き込みが殺到。「誰か助けて」という悲痛なメッセージもあった。過去に被災経験があると思われる人からは、地震対策のアドバイスの投稿もあった。

 避難所や、帰宅が難しい人を支援する施設の場所が分かるサイトも登場。動画投稿サイトには、地震の瞬間をとらえた映像や、被害の様子を収めた動画が投稿された。

 ツイッターにはデマも流れ、混乱を招く事態も発生。「腹部をつぶされて血が流れている」とうそをついたり、「阪神大震災の際には女性暴行が増えた」と不安をあおったりする書き込みもあった。

7凡人:2011/03/27(日) 04:50:54
ガソリン窃盗容疑で男逮捕 供給不足の仙台で
2011.3.13 19:21

 仙台北署は13日、ガソリンを盗んだとして、窃盗の疑いで仙台市青葉区旭ケ丘の会社員の男(24)を現行犯逮捕した。

 逮捕容疑は13日午前10時40分ごろ、青葉区のガソリンスタンドでガソリン約1リットルを盗んだ疑い。

 同署によると、このスタンドは東日本大震災により休業中。男は給油ノズルに残っていたガソリンをペットボトルに入れた。

 仙台市では地震の影響でガソリンの供給不足が続いており、営業しているスタンドには市民が殺到している。目撃者によると、男と同じようにガソリンを盗む男が複数いたという。

8凡人:2011/03/27(日) 04:51:26
地震に乗じた窃盗事件相次ぐ 食料品やたばこなど 宮城県警が注意呼び掛け
2011.3.13 23:18

 東日本大震災が発生した11日から13日夕までに、宮城県内で21件の窃盗事件があったことが13日、県警への取材で分かった。

 県警によると、仙台や塩釜、多賀城各市のコンビニや飲食店などで食料品やたばこを中心に盗まれ、被害総額は約40万円。ガラスを破って侵入する手口が目立つという。県警は、震災に乗じた窃盗事件とみて注意を呼び掛けている。

9凡人:2011/03/27(日) 04:52:06
現金、食料品… 宮城県内の窃盗40件に
2011.3.14 17:47

 東日本大震災で大きな被害が出ている宮城県内で新たに19件の窃盗事件の発生が確認され、計40件に上ることが14日、県警への取材で分かった。震災に乗じた窃盗事件とみて、注意を呼び掛けている。

 県警によると、13日夜から14日朝にかけ大崎市のホームセンターで現金約100万円が盗まれたほか、県内各地のコンビニなどで食料品を中心に窃盗が相次ぎ、被害総額は40件で約165万円に上った。

10凡人:2011/03/27(日) 05:10:34
宮城・石巻のコンビニ窃盗現行犯で男3人逮捕
2011.3.16 23:53

 東日本大震災で休業中だったコンビニから現金を盗もうとしたとして、宮城県警石巻署は16日、窃盗未遂の現行犯で、石巻市湊田町、自営業、岩井剛容疑者(51)ら3人を逮捕した。

 逮捕容疑は16日午後3時半ごろ、石巻市内のコンビニに設置されていた現金自動預払機(ATM)から現金を盗もうとした疑い。

 石巻署によると、通行人が、3人がバールやゴルフクラブでATMを壊していたところを目撃し、警察に通報した。

 宮城県内では震災後から16日夕までに、コンビニなどで窃盗事件が146件発生し、被害総額は485万円にのぼっている。

11凡人:2011/03/27(日) 05:11:06
さいたまでガソリン窃盗 震災での品薄影響か
2011.3.16 21:37

 16日午後1時ごろ、さいたま市見沼区の市立大谷小学校で、敷地内にある市の防災倉庫の南京錠が壊され、缶に入ったガソリン計8リットルなど備蓄品計52点が盗まれているのを教頭が見つけ、大宮東署に届け出た。同署は、東日本大震災に絡むガソリン不足による窃盗事件の可能性もあるとみて調べている。

 同署によると、ほかに盗まれたのはカセットこんろやカセットボンベなど。11日午後3時ごろ以降の犯行とみられる。

12凡人:2011/03/27(日) 05:11:34
義援金募金箱が盗難 大津の高齢者福祉施設
2011.3.19 19:27

 19日午後3時5分ごろ、大津市内の高齢者福祉施設の玄関ホールで、机に置いてあった東日本大震災の義援金の募金箱が無くなっているのに施設の利用者が気付き、職員が110番した。大津署が窃盗事件として捜査している。

 大津署によると、盗まれたのは縦11センチ、横13センチ、奥行き5センチの紙製の募金箱で、現金約3千円が入っていたとみられる。

 募金箱は17日から設置されており、19日午前10時ごろまではがないことを確認されている。施設は高齢者が趣味の活動などに利用しており、市内在住の60歳以上ならだれでも出入りできるという。

13凡人:2011/03/27(日) 05:12:46
募金活動中の高校生殴り募金箱奪う 千葉・松戸
2011.3.19 20:01

 19日午後0時半ごろ、千葉県松戸市日暮の新京成線八柱駅付近で、東日本大震災の被災者支援のために募金活動をしていた、同市と柏市の県立高校3年の男子生徒(18)の2人が、男に「誰に断って商売をしているんだ」と因縁をつけられ、顔を殴られたり、けられたりした。男子生徒2人は顔などに軽傷を負い、男は募金で集まった約1万円を奪って逃げた。

 県警松戸署によると、男は10〜20代ぐらい。やや太めの体形に、黒色のダウンジャケットと、黒色のズボンを着ていたという。

 男子生徒らは同じ高校の友人らの計21人で午前9時ごろから、制服姿で手作りの募金箱を手に自主的に募金活動を行っていた。

14凡人:2011/03/27(日) 05:13:16
「フジサンケイグループ」名乗り義援金名目で詐欺未遂 広告代理業の男を逮捕
2011.3.19 11:24
 東日本大震災の被災者に対する義援金名目で現金を詐取しようとしたとして、警視庁捜査2課は詐欺未遂の疑いで、埼玉県久喜市青葉、広告代理業、古屋正樹容疑者(53)を逮捕した。同課によると、古屋容疑者は「生活費のためにやった」と容疑を認めている。

 同課の調べによると、古屋容疑者は3月15日午後9時30分ごろ、「フジサンケイグループ」関係者を装い、東京都新宿区内の無職女性(91)方に電話をかけ「被災者の方々に対する寄付金を集めています」「私の銀行口座にお金を振り込んでください。振り込み用紙を送るので住所を教えてください」とうそを言い、現金をだまし取ろうとした疑いが持たれている。

 不審に思った女性の娘(50)が電話を代わったところ、古屋容疑者は「千年に1度の災害なんだぞ」と怒鳴って電話を切ったという。女性側が17日、警視庁に通報。着信履歴などから古屋容疑者が浮上した。

 古屋容疑者はグループ幹部を装うため、偽造した名刺や印鑑なども持っていたといい、同課で余罪を調べる。

15凡人:2011/03/27(日) 05:13:46
震災募金盗んだ容疑で逮捕
2011.3.20 22:48

 富山県警高岡署は20日、富山県高岡市内のコンビニ店から東日本大震災の義援金募金箱を盗んだとして、窃盗の疑いで金沢市笠舞、自称解体工、長崎忠志容疑者(46)を逮捕した。

 逮捕容疑は18日夜、高岡市福岡町下老子のコンビニ店で、現金約3千円が入ったカウンター上の募金箱1個を盗んだ疑い。「金がなかった」と供述しているという。

 県警によると、隣接する同県砺波市などのコンビニ店でも同様の犯行が相次いでおり、同署は関連を調べている。

16凡人:2011/03/27(日) 05:15:26
宮城・南三陸町の避難所で車上荒らし相次ぎ、「自警団」結成
2011.3.20 15:33

 宮城県南三陸町志津川地区の避難所で車上荒らしが相次いでいるとして、被災者の有志数人が「自警団」を結成、夜間のパトロールを実施する。

 発起人の一人、芳賀善隆さん(67)によると、避難所の駐車場では車上荒らしが数件発生。ガソリンが盗まれたり、窓ガラスを割られ、車内の物品の大半が奪われたりするケースがあった。

 津波で自宅と自動車修理工場を失ったという芳賀さん。被災者の生活物資を狙った行為に「弱みにつけ込んだ犯行で、もってのほかだ」と憤っていた。

17凡人:2011/03/27(日) 05:16:05
倒壊の信金支店から4千万円窃盗 気仙沼
2011.3.22 18:55

 22日午前10時ごろ、宮城県気仙沼市松崎片浜の「気仙沼信用金庫」松岩支店の職員が「金庫から金が盗まれている」と気仙沼署に届けた。同署員が調べたところ、金庫から約4千万円が盗まれていた。同署が震災に乗じた窃盗事件として捜査している。

 同署によると、松岩支店は東日本大震災による津波で建物が損壊。金庫がある部屋の鉄製ドアの電子ロックが壊れていた。防犯カメラも作動していなかったが、ガードマンなどは立たせていなかったという。

 19日午前に職員が金庫内に金があることを確認したのが最後で、この職員は「カギはかかっていると思っていた。壊れていることには気づかなかった」と話しているという。

 22日午前9時半ごろ、施設内の片付けに訪れた職員が、金庫内から金がなくなっていることに気付いた。同署は3連休中に盗まれたとみている。盗まれたのは紙幣のみで、硬貨は残されていた。

 現場はJR松岩駅から約100メートルの住宅街だった地域。気仙沼市は22日昼までに490人の死亡が確認され、多くの建物が倒壊している。

18凡人:2011/03/27(日) 05:16:50
「震災に便乗すれば売れる」 わいせつDVD所持の男ら逮捕
2011.3.22 18:24

 インターネットで販売する目的でわいせつなDVDを所持していたとして、警視庁保安課はわいせつ図画販売目的所持の疑いで、千葉県市川市欠真間、無職、久良彰容疑者(27)ら3人を逮捕した。

 同課によると、久良容疑者らは今月16日以降、サイト上で「日本活性化計画」と称し、東日本大震災の復興支援に関与するようなキャンペーンを開始し、購入客を募っていた。容疑を認めたうえで「軽い気持ちで震災に便乗すれば売れると思った」と供述している。

 逮捕容疑は今月20日、東京都江戸川区中葛西のマンション一室で、わいせつなDVD約3万枚を所持していたとしている。

 久良容疑者らは3つの販売サイトを開設し、平成21年9月以降、計約6500万円を売り上げていたとみられる。キャンペーン開始以降はDVDの販売価格を割り引いたり、DVD10枚を購入すると1枚をサービスして提供するなどしていた。

19凡人:2011/03/27(日) 05:20:39
日本一の防潮堤を過信 岩手・宮古市田老地区「逃げなくても大丈夫」
2011.3.27 産経

 「日本一の防潮堤」を過信していた−。過去の津波被害を教訓に、高さ10メートルの防潮堤が整備された岩手県宮古市田老地区。東日本大震災では、大きな津波が防潮堤をあっさりと越えた。市によると、防潮堤を信じた結果、犠牲になった住民は少なくないという。(内海俊彦、平田雄介)

 「逃げなくても大丈夫だ」。11日の地震発生直後、元漁業の熊谷勝美さん=当時(87)=は、こう言い続け、息子夫婦の勝幸さん(63)と、よねみさん(61)に自宅から避難するよう何度も催促されたが、応じなかった。

 だがその直後、自宅はあっという間に津波に流され、逃げ遅れた勝美さんは1週間後の18日、変わり果てた姿で見つかった。「津波太郎」の異名を持つ田老地区。明治29年6月の明治三陸地震の津波で1859人、昭和8年の昭和三陸地震の津波では911人の死者・行方不明者が出た。

 これらの津波被害を教訓に、9年に防潮堤の工事が始まった。工事は三段階に分けて進められ、最終的に53年に完成。海側と陸側の二重構造で、高さ10メートル、総延長約2・4キロと、国内屈指の規模となった。

 この間、35年のチリ地震の津波では、他の三陸沿岸地域で犠牲者が出たが、田老地区ではゼロ。「日本一の防潮堤」として、国内外の研究者が視察に訪れ注目を集めた。

 しかし、東日本大震災の大津波は防潮堤をいとも簡単に越えた。「高さ20メートル以上」ともいわれる津波が次々と押し寄せ、海側の500メートルの防潮堤は崩壊し、真っ黒な濁流が田老地区を一気に飲み込んだ。

 よねみさんによると、勝美さんは生前、「防潮堤が二重だから津波はこっちに来ない」と話し、大きな信頼を寄せていたという。「夫も『早く逃げよう』と言っていたのに…。電気も消えて、テレビも映らなかった。もう少し情報があれば早く逃げてくれていたかも」とよねみさんは話す。

 田老地区の被害状況は特定されていないが、死者・行方不明者は数百人に上るとみられている。

 ある宮古市職員は「田老の人たちの心のどこかに『防潮堤があれば大丈夫だろう』とか、『自分の代には津波は来ない』という思いがあったのかもしれない。何度も避難訓練をやってきたが、私たち自身も津波の恐ろしさが分かっていなかったのかもしれません」と力なく話した。

20凡人:2011/03/27(日) 05:47:49
首都圏の自治体、被災地への職員派遣本格化
2011/3/25 日経新聞

 東日本大震災の被災地の復旧支援に向け、首都圏の自治体で職員派遣の動きが本格化している。医療や心のケアの専門スタッフのほか、家屋の被害状況を調べる被災宅地危険度判定士、焼却施設の停止で山積みされた家庭ゴミの収集員など職種は多岐に及ぶ。ガソリン不足で思うような活動が難しい中、被災自治体の機能回復に取り組む。

 神奈川県から派遣された土木職の3人は23〜24日、仙台市太白区の市街地を車で訪れ、家屋などを丹念に見て回った。

 同区や青葉区、泉区の丘陵地を中心に、切り土や盛り土部の斜面崩落を防ぐ擁壁や宅盤に亀裂が入るなどした宅地が2000カ所ある。被災宅地危険度判定士の資格を持つ3人の業務は新たな揺れによる二次災害に備え、個々の被害状況を目視でチェックすることだ。「倒壊の危険性が高い」と判定した場合は赤いステッカーを、「要注意」の判定は黄色のステッカーを張っていく。

 県建築安全課によると、3人の派遣は国土交通省を通じた宮城県の要請に基づく。「1日に調査できるのは8宅地前後」という作業で、全国各地の自治体の協力が不可欠。首都圏では23日以降、川崎市や相模原市、千葉市、山梨県の専門チームが現地に向かう。

 東京都は22日、仙台市に被災地支援の現地事務所を開設した。4人の幹部職員を常駐させ、宮城県や国の出先機関、自衛隊との連絡を密にして効率的な支援を進める。

 都によると、22日正午の時点で約1000人の警察官や約2200人の消防救助隊員、約140人の医療チーム、給水などの対応にあたる約110人の職員を派遣した。大規模組織の強みを生かした形で、応急仮設住宅の建設用地の選定作業を支援する専門職員も含まれる。神奈川県の危険度判定士の職員と同様、新潟県の地震被災地で活動した実績を持つ。

 社会福祉施設の入所者の身の回りの世話や児童相談所の被害調査、避難所での健康相談……。被災自治体側だけでは手の回らない分野の業務は膨れあがる。埼玉県や山梨県のように、「災害弱者」といわれる高齢者や子どもたちの心のケアを支援するため、精神科医や精神保健福祉士、保健師らの専門チームを派遣する動きも広がる。

 環境省は横浜市や川崎、さいたま、前橋、千葉、柏などの各市にゴミ収集車と職員派遣を要請。同省などによると、23日現在、岩手、宮城、福島県の焼却施設で稼働するのは5〜7割台。倒壊した家屋など災害ゴミの収集を優先せざるをえない現状では、市街地などでは未回収の家庭ゴミの袋の数が日増しに膨れあがり、衛生面の不安が切実な問題になっている。

 一方、神奈川県の担当者は「現地のガソリン不足や悪路などで、宅地危険度判定士の作業も移動の制約を強いられた。先遣隊としての情報を基に今後の計画を立てていく」と話す。

21凡人:2011/03/27(日) 08:34:02
東日本大震災 仙台市「仮置き場」マナー違反多発 2011.3.23 産経

公園入口に山のように積まれた震災ゴミ=18日、仙台市宮城野区の鶴ヶ谷中央公園

 ■「震災ごみ優先」守って

 仙台市が東日本大震災で壊れた食器類や家具などの「震災ごみ」の回収を始めてきょう22日で1週間。震災ごみではなく通常ごみを持ち込む市民がいるなど、課題も見えてきた。市は「どうかマナーの徹底を」と呼びかけている。(徐暎喜)

 市環境局は「ごみの大量発生による衛生状態の悪化が、市民生活に与える悪影響は大きい」と判断。なるべく早い時期にごみ収集を再開しようと、ごみの回収を依頼している業者との調整や、ごみ捨て場の整備を急ピッチで進めてきた。

 市は地震発生から4日後の15日から、生ごみなどの家庭ごみの収集を再開。同時に、震災で壊れた食器や家具、家電製品などを引き受ける震災ごみの「ごみ仮置き場」を市内5区に1カ所ずつ設置し、毎日午前9時から午後4時半までごみの受け入れを進めている。

 同市宮城野区の震災ごみ置き場に指定された「鶴ヶ谷中央公園」には、市役所内の掲示板などでごみ置き場の存在を知ったという市民が、自家用車やトラックなどにごみを積み、公園前の道路に列をなしていた。

 ごみ置き場をのぞいてみると、割れた窓ガラスやブラウン管にヒビが入ったテレビが目立つほか、タンスや食器棚などの大型家具も持ち込まれ、文字通りごみの山。同局によると、市内でも特に被害が大きかった宮城野区や若林区で収集量が多いという。近くに住む女性(69)は、「いつもは風光明媚(めいび)な公園がこんなごみの山になるなんて…。でも、こういうときだから仕方ないです」と話していた。

 だが、「中には震災ごみとは思えないごみも交じっているようだ」と震災ごみの収集を担当する職員は話す。ごみ置き場にやってくる市民の中には、古雑誌やぬいぐるみなどの緊急性が低いごみを持ち込むケースが増えているという。職員は、「そのような方には家庭での保管をお願いしている」というが、公園内にごみを投げ捨てていく市民もおり、なかなか解決策が見つからないのが現状だ。

 市は期限を区切らず、当面の間、震災ごみの回収を続ける予定だが、「マナーを守って分別していただくことが、ごみ収集の早い時期の正常化につながる。ぜひマナーを徹底していただきたい」としている。

22凡人:2011/03/27(日) 09:02:59
逆にいえば、日本人のリーダー能力が国外だけではなく、国内でも問われている。平和時には前例を真似していればなんとか回っていた老人管理社会でも、非常事態になると、さっぱり通用しない。時間との戦いで、生命にかかわることでも、役所しごとは昨日と同じ。ニッチもサッチもいかないが、愚痴をこぼしていると非国民と言われそう。きっと回復と同時にトップへの批判は忘れてしまうのだろう。
*****
米軍精鋭部隊パラシュート降下 がれきの空港を復旧 2011.3.27 産経

 「日本側はお手上げだった。だからノウハウを持ったわれわれが最初に復旧を手がけることにした」

 米空軍のブッカー大尉は24日付米軍準機関紙「星条旗新聞」でこう語った。大尉が所属する嘉手納基地(沖縄県嘉手納町など)の第320特殊戦術飛行中隊は16日、パラシュートで空挺隊員と装甲車ハンビーを宮城県松島町上空付近から空中投下した。

 目標は仙台空港。津波によって泥とがれきに埋もれて復旧のめどが全く立っていなかった。同中隊が空から降下したのは空港にいち早く陸路で入り、再開作業を始めるためだ。夜間や悪天候をついてひそかに敵の背後にパラシュート降下するのを得意とし、アフガニスタン戦争も経験した精鋭部隊の本領発揮だった。

 原子力空母ロナルド・レーガンも救援活動のため三陸沖に展開中だ。だが、いかに空母といえども大型輸送機は離着陸できない。物資の大量輸送を可能にする空港の重要性を熟知した上での判断があった。

 空港で米軍は自衛隊員らとともにがれきの撤去にとりかかり、3時間で大型輸送機C130が着陸できる長さ1500メートルの滑走路が完成。20日には、C130の3倍の積載量を誇る米空軍の大型輸送機C17が約40トンの人道支援物資を積んでアラスカから到着した。

 米国防総省は現在、放射能漏れ事故を起こした福島第1原発の半径50カイリ(約93キロ)圏内への艦船の接近を原則として禁じている。

 放射能汚染を回避しながら、戦地同様の思い切った作戦を展開する米軍。原発事故では、放射能被害管理の専門部隊450人の派遣準備に入った。原子炉を冷却する真水を積んだ米軍2隻目のバージ(はしけ)船も26日午後、米軍横須賀基地を出港した。

 米政府は持てる能力を日本側にフルに提供する姿勢を見せている。それを後押ししているのは、最高司令官のオバマ大統領だ。

 対応は素早かった。

 地震発生から5時間20分後の11日早朝には、「日米の友情と同盟は揺るぎない」との声明を発表。昼の記者会見では「日本には個人的なつながりを深く感じており、悲痛な思いだ」と心情を吐露し、その後も8回にわたり日本の災害に言及し、日本を励ました。

 世界各国で突出した米国の日本支援は、むろん人道的な側面だけではない。東アジア地域で、自由と民主主義という共通の価値観を持つ日本の復活が、地域の平和と安定に不可欠との認識がある。オバマ大統領が震災後、何度も日米同盟を強調するのはその証左だ。

 米軍と自衛隊が一体となった救援活動を「有事で日米が同盟力をいかに発揮するのか、国際社会が注視している」(陸自幹部)のも事実だ。日本が米国の同盟国として汗を流した実績も米国を突き動かしている。

 アフガン戦争ではインド洋で補給活動をし、イラク戦争では、どの国よりも早く「支持」を表明し、自衛隊をイラクに派遣。このとき、小泉純一郎首相(当時)はくしくも「有事に頼れるのは米国だけだから支持する」と語っている。

 元国防次官補のジョセフ・ナイ米ハーバード大特別功労教授は「友人である同盟国日本への心配と、悲劇から立ち上がる日本人の力をたたえる気持ちから米国は支援している」と語った。(ワシントン 佐々木類)

23凡人:2011/03/27(日) 11:01:20
東日本大震災:無邪気さ奪われ 両親不明の子どもたち(毎日新聞 2011年3月26日)

 「お母さんどこ。お父さんは?」。津波で沿岸部が壊滅した宮城県女川町。小学5年の平塚亜美さん(11)と2年の司君(8)姉弟は、いなくなった両親の帰りを待ちわびる。祖父の平塚俊明さん(64)には、あの濁流の中で両親が助かる見込みはないと分かっている。だから幼い孫を見るたび胸を締め付けられる。「この子たちの将来はどうなるのか」と。戦後最悪の自然災害となった東日本大震災の被災地で、多くの「震災孤児」が生まれようとしている。【小泉大士、小林洋子、奥山智己】

 姉弟の両親、俊也さん(36)と恵理さん(35)は地震の際、女川湾の観光物産センターで店番をしていた。俊明さんらを含め家族で経営する鮮魚店だ。

 「10分後に津波が来ます」という防災無線の声が今も耳を離れない。みんなで約300メートル離れた俊明さん宅まで逃げたが、2方向から来た水に家ごと流された。「おもちゃのように家が浮き上がり、バリバリと音を立てて消えていった」。俊明さんが見たむごい光景だ。中に俊也さんと恵理さんがいた。

 高台の小学校にいた孫の亜美さんと司君は無事だった。避難所の町体育館に迎えに行った俊明さんは、2人に言って聞かせた。「お父さんとお母さんは、そのうち迎えに来るからな」。亜美さんは両親の身に起きたことに感づいたのか、夜、シクシクと泣いた。

 その後、姉弟は東松島市にある恵理さんの父親(58)に預けられた。無邪気だった司君も最近、「お母さん、早く来ればいいのに」とぐずるようになった。津波の映像がテレビに映ると、2人の口数が急に減る。

 俊明さんから見た俊也さん、恵理さん夫婦はとても子煩悩だった。「鮮魚店が忙しくて、なかなか子どもの相手はできなかったけれど、学校の休みには、よく家族旅行に出かけていた」

 親がいなくても、孫には元気に育ってほしいと思う。だが自分も避難所暮らしで、まだ先のことを考える余裕がない。

24凡人:2011/03/27(日) 11:05:49
東日本大震災:進学目前で被災「悲しんでいる時じゃない」(毎日新聞 2011年3月27日)

避難所でボランティア活動をする沼田裕也さん=宮城県名取市で2011年3月23日、梅田麻衣子撮影

 「4月から大学に行く予定だった。でも無理なら仕事を探さないと……」

 宮城県名取市閖上(ゆりあげ)の自宅周辺が水没し、市文化会館で避難生活を送る沼田裕也さん(18)は、地震の数日後に祖母(83)と兄(22)の遺体を確認した。両親の安否は不明だ。だが覚悟はしている。「せめて早く見つけてあげたい」と思う。

 「みんな自分以外のことを優先する」。そんな家族だった。地震が来た時、父は自転車で近所に避難を呼びかけ、母は斜め向かいの家の様子を見に行き、兄は軍手とロープを手に近所の人を助けに行った。沼田さんは祖母の体を支えて揺れが収まるのを待った。

 公民館に避難したが、すぐに水が来た。無我夢中でタイヤや建材にしがみついた。車の屋根に乗っていた人が「大丈夫ですか」と声をかけてくれた。次の瞬間、その人はいなくなっていた。自分が自宅そばの閖上小学校の近くにいると気づいたのは翌日のことだ。

 気を張っていようと、避難所では進んで救援物資の運搬やごみの分別を手伝う。それでも、ふと家族のことが頭に浮かぶ。

 大学の合格が決まった時、赤飯を炊いてくれた母。「ここに座れ」と言っては、将来についての考えを聞いてきた父。高校の卒業式で両親に手紙を渡すことになり、普段あまり話さなかった父あてに「大学でも頑張るので、体に気をつけて仕事を頑張って下さい」と書いた。だが、式の当日、自宅に手紙を忘れた。「改めて大学の入学式で渡そうと思っていた。その手紙も津波で流されてしまった。結局、父に言えずじまいで……」

 18日。自宅のあった場所に行ってみた。玄関や風呂のタイルしか残っていなかった。沼田さんは自分に言い聞かせる。「悲しむのはいつでもできる。今はその時じゃない」。一刻も早く両親を捜したい。

25凡人:2011/03/27(日) 11:09:53
福島第1原発:東電「貞観地震」の解析軽視(毎日新聞 2011年3月26日)

産総研の研究チームが仮定した貞観地震の震源域と周辺で起きた過去の宮城県沖地震の震源域(産総研の図を基に2010年5月作成)

東京電力福島第1原発の深刻な事故原因となった大津波を伴う巨大地震について、09年の経済産業省の審議会で、約1100年前に起きた地震の解析から再来の可能性を指摘されていたことが分かった。東電は「十分な情報がない」と対策を先送りし、今回の事故も「想定外の津波」と釈明している。専門家の指摘を軽んじたことが前例のない事故の引き金になった可能性があり、早期対応を促さなかった国の姿勢も問われそうだ。

 09年6月、原発の耐震指針の改定を受け、電力会社が実施した耐震性再評価の中間報告書案を検討する審議会。869年に宮城県沖で発生したマグニチュード8以上とみられる「貞観(じょうがん)地震」を、岡村行信委員(産業技術総合研究所活断層・地震研究センター長)が「非常にでかいもの(地震)が来ているのが分かっている」と取り上げた。

 当初の報告書案はこの地震に触れていなかった。東電は「被害はそれほど見当たらない」と答えたが、岡村さんは、宮城県から福島県の広い範囲で浸水したという最新の研究から「納得できない」と追及。その後に提出された報告書案は「(貞観地震と同規模の揺れは)想定内」とし、現在の耐震構造で問題ないとの見方を示した。

 岡村さんは、04年のスマトラ沖大地震のように、幅広い震源域がほぼ同時に破壊する「連動型地震」を想定した対応を求めたが、審議会の事務局は「最終報告書で検討する」という形で収めた。

 ◇専門家「貞観の再来」
 多くの専門家は、東日本大震災を「貞観地震の再来」とみている。同研究所などは05年以降、貞観地震の津波による堆積(たいせき)物を調査。同原発の約7キロ北の福島県浪江町で現在の海岸線から約1.5キロの浸水の痕跡があったほか、過去450〜800年程度の間隔で同規模の津波が起きた可能性が浮かんだ。

 東電によると、現地で測定された地震動はほぼ想定内で、地震によるトラブルは少なかった。一方、非常用電源の喪失などの津波被害で、原子炉が冷却できなくなった。

 ◇「『想定外』は言い訳」
 東電の武藤栄副社長は25日の会見で「連動地震による津波は想定していなかった」「(貞観地震に対する見解が)定まっていなかった」と釈明。東電の対応に、岡村さんは「原発であれば、どんなリスクも考慮すべきだ。あれだけ指摘したのに、新たな調査結果は出てこなかった。『想定外』とするのは言い訳に過ぎない」と話す。【須田桃子、藤野基文】

26凡人:2011/03/27(日) 11:24:47
東日本大震災:自宅は1キロ先の屋上に 宮城・石巻(毎日新聞 2011年3月26日) 

雄勝小学校の屋上に1キロ先から流された杉山さん宅=宮城県石巻市雄勝町で2011年3月25日午前、梅村直承撮影
2階から、布団などを取り出す杉山明夫さん(右)と正子さん夫婦=宮城県石巻市雄勝町で2011年3月25日午前、梅村直承撮影

 東日本大震災の津波で流された宮城県石巻市雄勝町の杉山明夫さん(54)の自宅が、約1キロ離れた市立雄勝小学校の屋上で見つかった。妻正子さん(52)とともに屋上を訪れた杉山さんは「本当に驚いた」と話した。

 津波が来た時、正子さんは山間部へ避難し難を逃れた。東京にいた杉山さんは正子さんからメールを受け取ると車を走らせ、14日に雄勝町に到着。2階建て校舎の屋上を見て、すぐに自宅と分かったという。

 流れ着いたのは自宅の2階部分だけだったが、布団や実印などがぬれずに残っていた。杉山さんは「災難だったが、布団やアルバムが残っていただけでもありがたい」と話した。【梅村直承】

27凡人:2011/03/27(日) 11:33:43
東日本大震災:仮設住宅、課題は山積 建設用地の確保困難(毎日新聞 2011年3月22日)

日が暮れても急ピッチで仮設住宅の建設作業をする作業員=岩手県陸前高田市で2011年3月22日午後6時14分、宮間俊樹撮影

 東日本大震災の被災地では、仮設住宅の建設が始まった。国は2カ月間で3万戸の仮設住宅を建設できるよう業界団体に要請している。だが、建設用地の確保が難しく、資材や人材の入手なども順調とは言えない。仮設住宅を出た後の恒久的な街や住まいの復興へ向けた検討も始まっているが、道のりは遠い。

 約8000世帯のうち7割以上が津波被害に遭ったとされる岩手県陸前高田市。市立第一中学校のグラウンドでは19日から、仮設住宅の建設が進む。県は約200戸を建設することを決め、まず36戸の建設に着手。1戸約30平方メートルで、入居は4月上旬になる。

 仮設住宅については各都道府県と業界団体のプレハブ建築協会が協定を交わしており、岩手県から8800戸▽宮城県から1万戸▽福島県から1万4000戸の建設要請があった。国土交通省によると、さらに栃木県から145戸、千葉県から230戸の要請が来たという。国交省は「阪神大震災(約5万戸)を上回る建設戸数となる」との見通しを示す。

 課題は山積している。宮城県住宅課の担当者は「建設に必要なあらゆる物が足りていない」。作業員の食料が不足し、宿泊施設も確保できず、着工のめどが立たない。村井嘉浩知事は22日、「2万戸以上が必要になる。建設場所や資材調達などの問題から、全被災者が入居するまでは半年から1年以上はかかるだろう」と説明した。

 岩手県は、なるべくコミュニティーを維持できるように県内で仮設住宅を建設する方針だ。それでも、建設に適した平地が少なく、建設計画の策定に苦労している。同県建築住宅課は「津波被害の跡地を除くと、広い土地は限られる。元の居住地から近い場所に建ててあげたいが、難しいケースも出てくるかもしれない」と話す。福島県は、原発問題が落ち着くまでは、県も被災者も、どう取り組めばいいかつかみかねているのが現状だ。

 プレハブ住宅のメーカーは、鉄骨や断熱材などの資材調達を急いでいる。だが、資材は不足気味だ。大和ハウスグループ(大阪市)は、宮城県大崎市の工場が被災して使えず、茨城県などの工場も燃料不足などでフル稼働できない。広報担当者は「当面の資材は確保できそうだが、建設戸数が増えた場合は、期日に間に合わない恐れもある」と話す。

 公共工事削減による建設業者の減少で、作業員や重機の不足も懸念されている。燃料不足も深刻で、プレハブ建築協会の担当者は「燃料不足にびくびくしながらやらないといけない」と話す。

 仮設住宅着工と同時並行で、「仮設後」の恒久的な住まい整備の検討も始まった。公営団地の建設などが考えられるが、公営住宅の建設は国と被災自治体とでつくる復興計画の中で位置づけられる。計画策定は復興後の街づくりとの兼ね合いや用地問題をクリアしながらとなり、阪神大震災でも仮設住宅の住民が復興住宅に移るまで5年を要した。
1-2

28凡人:2011/03/27(日) 11:34:30
 国は「被災者はみな住んでいた場所に戻りたいはず。なるべくそうしてあげたい」と説明する。だが、「被災地は行政機能が壊滅的な被害を受け、仮設後の話を本格的に考えられる段階ではない」(国交省幹部)との指摘もある。【石原聖、樋岡徹也、福永方人】

 ◇避難住民、思い複雑
 復興を目指す自治体の実情はどうなのか。

 福島第1原発の事故を受け、全町民の約2割の約1200人とともに、町役場ごとさいたまスーパーアリーナ(さいたま市)に疎開した福島県双葉町。井戸川克隆町長は「みんなで町に帰りたい。それが町民が共有している思い」と話す。

 31日に同アリーナの使用期限が切れた後は、埼玉県加須市の廃校に移る。だが、「その後」については、原発事故の行方が不透明なこともあり、対応を決めかねている。

 井戸川町長は「国が安全宣言し、自分たちでも安全を確認できた段階で考えたい。仮設住宅も検討する必要があるが、福島県内で確保するかも、まだ考えていない」と話す。

 避難した住民たちの思いも複雑だ。

 同町の農業、荒木信行さん(61)は自宅が津波にのみ込まれた。集落で残ったのは1戸だけ。「思い出もすべて流されてしまった」と肩を落とす。

 気がかりなのは放射性物質の影響だ。「家もトラクターも何もない。稲を植えても風評で売れないかもしれない。それなら双葉はもう捨てるしかない」。今後、横浜で暮らす長男(34)の元へ夫婦で移り住む予定だ。

 別の男性(60)は町に戻るか決めかねている。約30年間、福島原発の敷地で芝生刈りなどの仕事をしてきた。「原発がなくなれば仕事を失い、町を出ざるを得ない人が自分も含めたくさんいる。町は復興できるのか」。千葉にいる妹の元に身を寄せることも考えているが、仕事が見つかる保証はない。「どんな形でもいい。やっぱり地元に戻りてえ」【堀智行】
2-2End

29凡人:2011/03/27(日) 11:35:08
東日本大震災:仮設住宅建設が本格化…交通網も改善(毎日新聞 2011年3月23日)

建設が進む仮設住宅=岩手県陸前高田市で2011年3月23日午後2時5分、本社ヘリから岩下幸一郎撮影 

東日本大震災の被災地では23日、被災者が入居する仮設住宅の建設の動きが始まったほか、道路交通網の復旧も進んだ。だが、食料や燃料、医療などが十分ではない各地の避難所で苦しい日々を送る被災者は計21万5805人おり、住宅被害は全壊と津波による流失だけで計約1万7900戸に上る。支援物資だけでなく、「新たな生活の場」の迅速な供給が大きな課題となってきている。

 毎日新聞のまとめでは、死者は9523人に増え、行方不明者は1万6094人。警察庁によると、各地の住宅被害は全壊が1万6767戸、半壊が5092戸、津波による流失が1165戸。流失は宮城県が1159戸と大半を占めるが、岩手や福島などが計上されておらず、今後さらに被害戸数が増える可能性もある。

 こうした中、福島県は7月末までに、仮設住宅など約2万戸を供給する方針だ。宮城県も23日の県災害対策本部会議で、村井嘉浩知事が仮設住宅約1000戸を今月中に着工すると表明した。高齢者や障害者、乳幼児のいる家庭などを優先的に入居させる考えだ。ただ、両県とも建設費や敷地探しなど課題を抱えており、国の全面的支援が欠かせないという姿勢だ。

 被災地につながる交通網は大きく改善した。東北道と磐越道で行われていた通行制限は24日午前6時から解除され、全車両が通行可能となる。規制が残るのは、被害の大きい宮城県内の三陸道鳴瀬奥松島インターチェンンジ(IC)−登米東和ICと、福島第1原発周辺を通る常磐道いわき中央IC−常磐富岡ICの2区間のみ。JR磐越西線の郡山−津川駅が26日から再開し、全線開通する予定。

 これを受けて、JR貨物は新潟経由で福島県向けの石油を運ぶ貨物列車を運行する。ヤマト運輸、佐川急便も23日までに岩手、宮城、福島各県での集荷・配達業務や支援物資の運送を本格化した。ただ、ヤマト運輸によると、福島第1原発から30キロ圏内は運送の対象外となっている。

 22日午後から23日午前にかけては、東北地方や関東地方でマグニチュード(M)5以上の余震が断続的に発生した。このため、気象庁は23日、同日正午から3日間以内にM7以上の余震が発生する確率を20%とする一方、その先の3日間を前日発表の10%から20%に引き上げた。横田崇・地震予知情報課長は「余震は次第に少なくなるが、まだ活発な状況なので注意が必要」と話した。【喜屋武真之介、湯浅聖一、石原聖】

30凡人:2011/03/27(日) 11:35:57
東日本大震災:仮設住宅の受け付け始まる 陸前高田(毎日新聞 2011年3月26日)

仮設住宅の申し込みが始まり、訪れる被災者たち=岩手県陸前高田市で2011年3月26日午前8時57分、小出洋平撮影 東日本大震災の被災地で最も早く仮設住宅の建設が始まった岩手県陸前高田市は26日、プレハブの仮庁舎で、県に建設を要請している約4000戸の入居受け付けを始めた。市内8地区に建設される見通しで、申し込みは31日まで。まだ土地確保のめどが立たない地区がほとんどだが、完成次第、地区ごとに抽選を行い入居者を決める。家賃は無料で入居期間は2年。

 26日の受け付けは午前8時半に始まった。仮庁舎を訪れた高橋枝美子さん(54)は自宅を失い、両親と次女(21)の行方が不明という。「このままでは、この地を離れられない。仮設住宅に入居して暮らしを立て直したい」と話した。

 市内8地区のうち、既に市立第一中のグラウンドで建設が進められている36戸は2〜3人の家族を対象とした2DK(約30平方メートル)。トイレや風呂、給湯器が付いており、4月上旬から入居できる。うち18戸は高齢者、母子家庭、障害者世帯を優先的に振り分ける。

 岩手県は陸前高田、釜石両市で計約300戸の仮設住宅の建設を始めているほか、大船渡、宮古両市でも計332戸を建設する方針。建設まで時間がかかるため、内陸部の宿泊施設120施設を確保するなどの対応も取った。福島県は7月末までに仮設住宅など約2万戸を供給する方針。宮城県も今月28日から仮設住宅1110戸の着工を表明している。【吉住遊】

31凡人:2011/03/27(日) 11:52:22
国際支援で再発見した日本の美徳 世界との絆
2011.3.26 22:46 (1/2ページ)

 日本の被災者に対する各国からの激励の言葉、救援物資、義援金など、やまない支援の広がりは、各国に日本国民の美徳、世界における日本の重要性を再認識させる機会となった。

 「中国の方々の温かさを感じている」。泉裕泰上海総領事はしみじみと話す。

 震災直後から、上海総領事館には義援金の申し出や激励の手紙、花などが続々寄せられた。日本政府として過去中国でこうした支援を受け取った例はなかったが、16日から受け付けを始めたところ、25日までに535件、1億2500万円を超す義援金が集まった。

 上海の中学生有志10人はたどたどしい日本語で「わたしたちは頑張りましょう」と書いた手紙とともに、1388元(約1万7千円)を持ち込んだ。反日感情が根強い南京の元日本留学生の代表からも「申し出が早速あった」と泉総領事は明かす。

 「こんなに優しい国民とは思わなかった」。海外で暮らす日本人の多くは、現地の人々から受けた気遣いに驚きを隠せない。「海外の人々が大災害に遭ったとき、同じ言葉をかけてきただろうか」。あるパリ在住日本人は自問した。

 各国の支援は、海外の被災地での日本の地道な救援活動や途上国への開発支援で「受けた恩に報いたい」(中国メディア)という思いもこめられている。このことは、大地震を経験した中国や台湾、ニュージーランドの指導者たちが今回、日本に送った言葉ににじみ出ている。

32凡人:2011/03/27(日) 11:52:55
国際支援で再発見した日本の美徳 世界との絆
2011.3.26 22:46 (2/2ページ)

 各国の報道も、被災者への同情と応援の言葉で満ちあふれている。「行列では老人、子供を優先させて最後に一般の人々が続き、けんかや争いもない」(台湾紙・聯合報社説)など、称賛の声がほとんどだ。

 「日韓関係は新たな次元に入るかもしれない」。武藤正敏駐韓大使は、「がんばれ日本」キャンペーンを展開する韓国メディアの関係者からこう聞かされ、韓国社会の対日観に変化の兆しを感じている。

 無論、外交的な配慮も大きい。北京の外交筋によると、中国当局には、尖閣諸島沖での漁船衝突事件後の強硬的な対抗措置が国際社会における中国のイメージまで低下させ、「やりすぎだった」との反省の声があるという。

 中国はいち早く救助隊を被災地入りさせた。「全力で日本を支援している」と訴えることで、日中双方の国民感情を改善させたい思惑がある。北方領土問題で対日関係がこじれたロシアも同様の狙いから最大級の救助隊を送り込んだ。

 一方で日本政府の対応の遅れには、批判もあった。

 「ひとつの必需品が不足している。情報だ」(17日付米紙ニューヨーク・タイムズ)。福島第1原発をめぐる菅政権と東京電力の混乱に世界が抱いた不信感はなお払拭されていない。

 「薄氷を踏む思いだった」。米国への原発事故情報の提供に携わった外交官は、情報不足への不満が日米関係の再緊張に転じかねない状況だったと明かす。

 震災を機に日本が再発見した世界との絆。この財産をどう生かすかは、震災被害に対する日本人の冷静な対処にかかっている。

(上海 河崎真澄、北京 矢板明夫、台北 山本勲、ソウル 加藤達也、モスクワ 遠藤良介、ニューヨーク 松尾理也、パリ 山口昌子)

33凡人:2011/03/27(日) 12:08:29
草津 3万8000人キャンセル JR吾妻線運休響く(2011年3月27日 読売新聞)

地震の影響で人影もまばらな草津温泉の湯畑(26日午後0時26分、草津町で) 東日本巨大地震の発生から2週間余り。県内観光の柱である温泉地が苦境に立たされている。地震直後からキャンセルが相次ぎ、ガソリン不足や計画停電、電車の運休が追い打ちをかけ、客足は遠のいたままだ。

 26日の草津温泉。旅館や飲食店が立ち並ぶ湯畑周辺はひっそりと静まり返っていた。週末の昼下がりというのに、学生のグループや若いカップルの姿がちらほらと見られるだけだ。

 湯畑前の温泉まんじゅう屋は「お客さんの数は10分の1以下。平日は湯畑を歩く人を10人も見かけないこともある」と嘆く。焼き肉店の男性店主も「こんな草津は今まで見たことがない」とがくぜんとする。イルミネーションも自粛し、夜間は真っ暗になる。

 草津温泉旅館協同組合が全107の宿泊施設にアンケートしたところ、3連休最終日の21日頃までのキャンセルは7244件、3万7945人分にのぼった。全施設の総定員の4日分に当たるという。

 ホテル櫻井の橋本宏支配人は「26日も800人の予定が115人。夏から秋にかけての予約も入ってこない」。草津ナウリゾートホテルでは154室の予約がわずか10室になった日もあったといい、大谷正美・広報課長は「JR吾妻線運休の影響が大きく、観光どころでないという心理も働いている」と分析する。

 計画停電も営業に影響を与えているが、草津町内では「計画停電がない伊香保や四万がうらやましい」と、不公平感を抱く観光関係者もいる。

 しかし、その四万温泉(中之条町)の四万やまぐち館も「ガソリン不足もあるのか、温泉街を車が通っていない。5月の連休は少しずつ予約が入ってきているが、かなり厳しい」。

 伊香保温泉(渋川市)の岸権旅館は当初、伊香保地区も停電に含まれると判断し、14〜17日を休館とした。「温泉に来たいという人も出てきているが、前の状態に戻すのは難しい」という状態だ。

 外国人の利用客が多いことで知られる宝川温泉(みなかみ町)の「汪泉閣」。平年なら稼働率は7割以上だが、宿泊客は1、2組しかないといい、「キャンセル率は約9割で、外国からのお客様もさっぱり。しばらく先に入っている予約にキャンセルが出てくるのでは」と懸念する。

 みなかみ町は大型連休前後からラフティングなどのアウトドアスポーツが盛んになるが、同町観光協会アウトドア連合会は「例年なら今頃から予約が入り始めるが、今年は控えめのようだ」と話す。

34凡人:2011/03/28(月) 04:52:48
避難誘導や被害調査中、津波に…宮城県警、殉職の9人 いまだ安否不明者も(2011.3.27 産経)

 東日本大震災後、危険を顧みず、住民に避難を呼びかけていた宮城県警の警察官9人が津波の犠牲になった。がれきの下から救い出された遺体の多くは制服を身にまとい、そばには警察手帳が残されていた。県警が公表した資料から、彼らの決死の行動の一端を紹介する。

 岩沼署増田交番の佐藤宗晴巡査(32)と八島裕樹巡査(24)は11日、当直明けで事務の引き継ぎ中に地震に見舞われ、同署交通課の菅野英徳巡査部長(52)と1台のパトカーに乗り込んだ。海岸線を目指したが、午後3時半ごろ、音信が途絶えた。

 八島巡査は15日、菅野巡査部長は18日、佐藤巡査は19日、海岸から約1キロ離れた同じ資材会社の敷地で見つかった。それぞれ土砂やがれきに埋もれたり、がれきや鉄骨に挟まれたりした状態で力尽きていた。

 佐藤巡査はヘルメットを着用し、制服の胸ポケットからは警笛が出ていたことから、パトカーを降りて、警笛を鳴らしながら住民の避難誘導をしていて津波に襲われたとみられる。

 同署生活安全課の早坂秀文警部補(55)、瀬谷志津江警部補(37)、荒貴行巡査長(36)の3人は地震直後、捜査車両で海岸線に向かったまま連絡が取れなくなった。

 早坂警部補は14日に仙台空港近くで、荒巡査長は15日に佐藤巡査らと同じ資材会社で、瀬谷警部補も21日に遺体で見つかった。

 仙台南署荒井交番の渡辺武彦巡査部長(58)は同僚3人とともに、津波被害で200〜300人の遺体が見つかったという仙台市若林区の荒浜地区で、交通整理や住民の避難誘導に当たっていた。

 同僚の1人が轟音や水しぶきを上げて巨大津波が迫ってくるのに気付き、ほかの同僚2人や住民をパトカーに乗せて逃げたが、渡辺巡査部長の姿は見当たらなかったという。17日朝、現場から約100メートル離れた民家の玄関先でタンスの下敷きになっている遺体が発見された。

 気仙沼署大谷駐在所の千田浩二巡査部長(30)もパトカーで海岸に向かい、津波に飲み込まれた。河北署交通課の浅野興巡査部長(38)は北上川近くで被害状況を調査していたところを、津波に襲われたとみられている。

 このほか、気仙沼署鹿折駐在所の門馬勝彦巡査部長(52)、青木謙治巡査長(31)、同署北上駐在所の堀越政行警部補(56)、南三陸署警備課の根子裕誌巡査部長(34)の4人の安否が分かっていない。

35凡人:2011/03/28(月) 06:49:52
人間優先:忘れられた被災者たち-犬猫ペット
Monday, March 28, 2011
Pets also suffering from disaster
FUKUSHIMA (AP) Their fur caked with mud, pet dogs trot forlornly in rubble-filled streets along the devastated coastline, foraging for scraps and searching for owners.

A dog's life: Luna, a beagle, is tied to a tree near her makeshift house at an evacuee center in Fukushima on Thursday. AP PHOTO

Luna, a 6-year-old beagle mix, is tied to a tree, barking for attention or sleeping in a cardboard box on a dirty cushion, two bowls of frozen water before her.

Still, she is one of the lucky ones. She has food. Passersby pet and comfort her. She gets walked twice a day. And her 55-year-old owner is alive — he just cannot take her into the shelter he is staying at because of a no-pets rule.

Many other dogs and cats have been forced to fend for themselves since the March 11 earthquake and tsunami, which obliterated homes and killed more than 10,000 people.

"This is a big calamity for pets, along with people," said Sugano Hoso of the Japan branch of the U.S.-based United Kennel Club. "Many are on their own, and many more are trapped in evacuated areas where people have left."

The biggest concerns are reuniting them with their owners and getting them food, medical treatment and shelter, she said. Her group is distributing food and other supplies where it can.

Also, thousands of pets have been left behind in the evacuation zones around the Fukushima No. 1 nuclear power plant, which was wrecked by the quake and tsunami and remains a radioactive hazard. These abandoned animals are likely to face health issues.

Faced with life-or-death predicaments, many pet owners did not have the presence of mind, the ability or perhaps the desire to see to the safety of their pets.

"We have requested that the government allow us into those zones to rescue dogs, but the government isn't listening to us," Hoso said.

Luna came from an evacuated area, but her family had time to pack their things and hers before escaping.

"When we were told to evacuate, one of the first things we did was make sure we had Luna and enough food to keep her going for a few days," said Masami Endo, a 55-year-old grocer.

Endo lives in the town of Minamisoma, only 25 km from the Fukushima nuclear plant. Residents have been ordered either to voluntarily evacuate or remain indoors because of the radiation risk.

Endo decided to come to the main shelter in the city of Fukushima — a gymnasium where about 1,400 people have taken refuge — about a week ago.

Tamae Morino brought her Persian-mix cat, Lady, to the shelter, although the pet stays outside.

The earthquake and tsunami, along with the sudden change of environment, have left Lady scared and agitated.

"She got sick, and is still very nervous," Morino said. "She is an important part of our family. But they don't allow pets into the shelter, so she has to sleep alone in the car. She seems very lonely. We are happy to have her with us, though. So many cats just vanished."

Ryo Taira's pet shop and animal shelter in Arahama, near Sendai, is caring for 80 dogs and cats whose owners are unable to take them into tsunami shelters.

"Evacuees are under a stressful situation, working on reconstruction and searching for missing family members," Taira said. "I think they cannot really have much energy to pay attention to their pets. So we want to do what we can to help reduce their stress."

36凡人:2011/03/28(月) 07:09:31
米軍による震災復興へ手助け 日米軍事関係良好なるか?
Monday, March 28, 2011
Disaster aid puts new face on U.S. military

SENDAI (AP) Just one year after tensions over U.S. military bases in Japan forced out Prime Minister Yukio Hatoyama, a relief mission mounted by American soldiers after the earthquake and devastating tsunami is showing a new and welcome face for troops the Japanese have hosted — sometimes grudgingly — for decades.

Helping hands: Marine Alex Lay (front) leads a team of U.S. servicemen unloading hardware to install hot showers at a makeshift shelter for evacuees in Higashimatsushima, Miyagi Prefecture, on Saturday. AP PHOTO

Roughly 20,000 U.S. troops have been mobilized in "Operation Tomodachi," or "friend." It is the biggest bilateral humanitarian mission the U.S. has ever conducted in Japan, its most important ally in Asia, and it is ramping up fast.

As logistics gradually improve, U.S. troops have been moving farther into hard-hit zones and providing tons of relief supplies and badly needed manpower to help the hundreds of thousands of Japanese whose lives were shattered in the March 11 disaster.

In a part of Japan that hosts few U.S. bases, the Americans in uniform are a high-profile presence.

"To be honest, I didn't think much about the U.S. troops until now," said Arika Ota, 29, who works at an amusement center in the coastal city of Sendai. "But when I see them working at the airport every day, I'm really thankful. They are working really hard. I never imagined they could help us so much."

The Sendai Airport cleanup is one of the troops' most visible — and successful — operations so far.

Now, the runways are clear enough to handle large cargo planes, the tossed-about cars have been placed in rows and the second floor houses a command center.

Capt. Robert Gerbract, who is in charge of the U.S. Marines' cleanup operations, said that when he arrived last week he felt like he had stepped back in time.

"It looked like if you had left an airport alone for 1,000 years. It was like an archaeological site. It was hard to figure out where to begin," Gerbract, an Iraq veteran from Wantaugh, N.Y., said as he looked out at the runway from the marines' makeshift command center in the departure lounge.

For marines like Gerbract, it is a satisfying assignment.

"I'd much rather be carrying relief food packages than a rifle, to be honest," he said.

The marines are just one facet of the U.S. operation.

• Within days of the tsunami, the USS Ronald Reagan was stationed about 160 km off Japan's northeastern shore. It had to reposition itself due to radiation from the crippled Fukushima No. 1 nuclear facility but is now sending sorties to hard-hit towns. The U.S. Navy has 19 ships, 140 aircraft and 18,282 personnel assigned to assist in the operation. It is sending barges filled with fresh water to help cool the seawater-soaked reactor site.

• The air force has opened its bases for relief flights. Its transport planes have flown dozens of missions and its fighters have flown over the devastation in search of survivors. Two of its aircraft have helped Japanese officials monitor the nuclear plant.

• Nearly 500 soldiers with the U.S. Army in Japan, which has fewer troops in the country than the other branches, have delivered blankets and other supplies and are conducting support and refueling for military helicopter operations.
1-3

37凡人:2011/03/28(月) 07:10:53
The U.S. forces stress that they are not taking a lead role. That is being done by Japan itself, which has mobilized more of its troops than at anytime since World War II.

"What we're doing is coordination with the Japanese army (Ground Self-Defense Force)," said gunnery Sgt. Leo Salinas, of Dallas. "Every mission we do is a bilateral mission. They are all Japanese-led and under Japanese initiative. These guys are our allies and, more than that, they are our friends. Whatever they want us to do, we will do."

The Japanese public has usually been pro-America and generally sees the military presence as a benefit.

But the relationship is complicated by a strong pacifist undercurrent in public opinion borne from World War II. Japan's own military is strictly limited to national self-defense and many Japanese feel the U.S. presence could make their country a target or draw Japan into a conflict involving American troops over Taiwan or other flash points.

Even at the shelters where crucial U.S. help is arriving, some Japanese expressed mixed feelings about the troops.

"I feel thankful that they are helping us," Yoko Hiraoka, 40, said as a convoy of U.S. Marines arrived at her evacuation center in Higashimatsushima, Miyagi Prefecture, on Saturday. The marines set up showers, which the evacuees had lacked for two weeks.

"But I still have reservations about having U.S. troops in Japan," Hiraoka said. "I'm happy today, and I appreciate their help, but it doesn't fundamentally change the way I feel."

About 50,000 U.S. troops are stationed throughout Japan under a mutual security treaty signed in the 1960s. Tokyo strongly supports the alliance, because it saves Japan money on defense and serves as a powerful deterrent in the region, particularly as China's military strength and economic clout rise.
2-3

38凡人:2011/03/28(月) 07:11:23
But opposition to the bases is high in Okinawa, a strategically important outpost that hosts more U.S. troops than any other part of Japan.

That concentration of forces — including the marines who make up the bulk of the on-the-ground assistance in the disaster-hit area — is an endemic source of friction with local residents, who complain of noise, overcrowding, the danger of accidents and base-related crime.

Tensions between the marines and Okinawans boiled over in 1995, when two marines and a sailor raped a local schoolgirl. The outrage from that attack led to an agreement that the U.S. military would reduce its presence in Okinawa.

Both sides agreed to close down Marine Corps Air Station Futenma, an airfield in the middle of a heavily populated area that has long symbolized the military burden for Okinawans.

But after more than a decade, the base remains open. Washington wants to replace Futenma with another facility on Okinawa before relocating 8,500 marines to the U.S. territory of Guam, as it has agreed to do by 2014. But year after year, the Okinawans strongly oppose the construction of any new facilities.

Unable to make any headway in the dispute, Hatoyama was forced to resign last year.

Koichi Nakano, a political science professor at Sophia University in Tokyo, said he believes the disaster relief mission will help build good will, but does not expect it to have much impact in Okinawa.

"The good will of the Japanese to the Americans . . . even to the American presence in Okinawa, has not really been a problem of the mainland," he said.

"The problem remains Okinawa. The Okinawans will be saying, 'Of course it's good what the Americans did, but why do the bases have to be in Okinawa?' "
3-3End

39凡人:2011/03/28(月) 10:15:09
東日本大震災救援のため
政府が認めた最初の外国人医療グループがイスラエルから到着。
Monday, March 28, 2011
First foreign doctors arrive to help victims

By MASAMI ITO
Staff writer

For the first time since the deadly earthquake and tsunami hit northeast Japan, the government on Sunday permitted a foreign medical team to enter the country to treat victims.

Although it is technically illegal for holders of foreign medical licenses to treat patients in Japan, the health ministry issued a notice lifting that restriction, limited to the disaster areas, three days after the quake.

A team of 53 medical aid workers from Israel, including 14 doctors, seven nurses and the interpreters, arrived at Narita airport Sunday evening to go to Minamisanriku in Miyagi Prefecture, where they plan to set up a field clinic and assist local doctors in the initial examination of disaster victims.

According to a Foreign Ministry official, it's much harder to accept groups of doctors than search and rescue teams because the former require more coordination between governments and local municipalities. The doctors must be self-reliant, and qualified interpreters must be on hand to help the doctors and patients communicate with each other.

Although details were unavailable, the government is considering accepting more foreign medics.

"Locals will be very surprised if a foreign medical team arrived out of the blue," an official said. "It is the same when a Japanese medical team goes abroad — there needs to be thorough coordination with the government, matching the needs of the people and the offers from abroad."

Luckily, the Israeli medical team is a perfect match for Minamisanriku.

The Foreign Ministry's Middle Eastern and African Affairs Bureau said that Israel had offered medical services early on and Isamu Sato, the mayor of Kurihara, which is next to Minamisanriku, specifically asked for their help.

According to an official, the city has direct connections with Israel, including having received donations when the last relatively big earthquake struck the region in 2008.

"We had just received word from Kurihara around the same time Israel offered medical services and we succeeded in creating a match," the official said. "It wasn't like we had left the issue unattended. We had been working closely with Israeli and Kurihara authorities trying to find a way to (send the medical team) without burdening the local government."

The health ministry sent out a notice to local governments in Iwate, Miyagi and Fukushima prefectures March 14 saying that the "minimum necessary" medical procedures may be taken by foreign doctors given the emergency situation.

The last time such a notice was given was in 1995 after the Great Hanshin Earthquake, which claimed over 6,000 lives.

40凡人:2011/03/29(火) 06:47:53
米協会、日本人留学生を緊急支援 1人最高40万円
2011.3.24 10:31

 米教育交流団体、国際教育協会(IIE、本部ニューヨーク)は23日、東日本大震災で家族などが被災し、学費や生活資金の仕送りに困難が生じた在米日本人留学生への緊急支援制度を設けたと発表した。

 対象は「最も激しい被害を受けた地域」の出身者で、今年1月初めに米国の大学(短大含む)に在学中の者。応募して認められると、1人最高5千ドル(約40万円)が支給される。

 応募は大学の留学生担当者が行い、第1次締め切りは4月4日。応募には震災で仕送りが困難になったことを具体的に示す必要がある。学部学生が優先だが、大学院生も選考の対象という。

 同協会は大学当局に対しても、学費免除や奨学金支給など可能な限りの支援を求めている。

 2009年秋における米国への日本人留学生は計約2万5千人で、うち約52%が学部学生。(共同)

41凡人:2011/03/29(火) 06:50:08
死者・行方不明者2万5590人 24日午前9時現在 警察庁
2011.3.24 10:49

 警察庁によると、24日午前9時現在、東北など12都道県警が検視などで確認した死者数は9523人に上った。これまでに家族らから届け出があった行方不明者は1万6067人で、死者と行方不明者は合わせて2万5590人になった。重軽傷者は18都道県で計2755人。

 また、24日午前10時現在で検視が終了したのは約9260人で、このうち身元が確認されたのは66.3%の約6140人。約5700人の遺体が遺族に引き渡された。

 各県の死者数は、北海道1人▽青森3人▽岩手2939人▽宮城5714人▽山形1人▽福島812人▽東京7人▽茨城20人▽栃木4人▽群馬1人▽千葉17人▽神奈川4人。

 建物の被害は、全壊・流失が9都県で1万9489戸に上っている。ただ、岩手、宮城、福島3県では沿岸部を中心に壊滅的な状況に陥っており、把握できていない場所が多数あるとみられる。

 また、警察が把握している避難所は16都県で1882カ所。避難所に身を寄せている人は減少しつつあるが、依然として25万7064人に及んでいる。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板