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雑談&連絡スレッド

2991無精髭:2011/01/31(月) 20:36:31
で、みなさんは冥福を祈ること自体は善いことだという点で一致している―――それでおk? 

問題は、死因はどうあれ、人が死んだという事実に対して冥福を祈ることは
是か非かということでしょうか。自殺か他殺かはっきりしない時点でも人が
死んだのは事実なわけだし、自殺であろうが他殺だろうが人が死んだことには
変わりがないわけですから、その死を悼んだり死後に幸あれと願ったりすること
自体は何もおかしくない気がしますが。まぁ、そこんところでもどうやら意見は
一致しているようですね。

さて、もうちょっと特殊なケースとして、たとえば極悪人が非業の死を遂げた場合でも、
喜ばないどころか、逆にその死を悼んだほうがいいのかというのはどうでしょうか
(いや、死を悼む、ではなく死後の幸福を祈る、ですか。死者の生前に共感などしなく
ても、死者の死後に気を傾けることはできる。つまり死者の生前と死後のどちらに
コミットしようとするかで、追悼か冥福を祈るかに分かれる)。私が言いたいのは、
死者がどんな人間性であっても関係なく冥福というものは祈ったほうがいいかという
ことです。祈らないほうがいいと思う人は、殺人事件が起きた→被害者の簡略な
プロフィールが報道された→できるだけ速やかに冥福を祈る、という流れに乗っちゃ
ったら、殺された被害者が後になって極悪人だったと判明したばあいに、騙されたとか
祈って損したとか思っちゃうので、その被害者の冥福は二度と祈らないようにするん
でしょうか。もちろん、被害者が極悪人だったとしても、そのことと被害に遭ったことに
何の因果関係もなかったらまた話が変わってくるのかも。でも、因果応報とかいった
ある種の神秘体験ないし超常現象を信じている人って、極悪人であれば誰かから
恨みを買うのは必然だし、いずれは殺されてもおかしくはない、天の裁きだとか
考えていそうだから、見ず知らずの人が通り魔かなんかに突発的に襲われたり、交通
事故に遭ったりしても、被害者の素性が分かるまでは冥福を祈らないんじゃないかなぁ。

いや、冥福を祈ることに関して、状況に応じて変化するその是非なんてどうでもよくて
(んなもん、祈ろうが何だろうが個人の自由だわなw)、冥福を祈ることを表明すべきか
どうか、ということでひと悶着あったわけですか。なるへそ。

でも、それも結局個人の自由なんじゃないですかね。もしそれで満足できないなら、要は、
実際に故人の冥福を祈る場合にそれを外に向けてアピールすることが日本社会で許容されて
いるかどうか、推奨されているかどうかを調べればいいんじゃないでしょうか。いや、調べる
までもなく、故人の冥福を祈ることを表明することは慣例もしくは儀式的な態度として広く
世間一般に浸透していることが肌で実感できませんかね。でも、一部の変わった人たちは
そういうことに対して極度に鈍くなっているのかも知れませんねぇ。まぁ、そういう人たちも
たとえ一方では「故人の無念を酌まずに冥福を祈ることはありがた迷惑だ」とか捻くれたことを
いいつつも、冥福を祈ること自体の価値は認めているようですから、ここはぜひとも「故人の
無念を酌んでいるからこそ、せめて死後幸せに暮らしていることを願う」という動機付けの方も
セットで認めていただきたいものですなぁ。自分のごく個人的な道徳をアピールするのは
一向に構わないのですが、それを人さまに押し付けるかのように見せ付けるのはどうかと。

そもそも「故人の冥福を祈る」ってのは自分をアピールするために有効な手段なんでしょうか?
どんな場所で何をアピールするかにもよるとかいう以前に、自分をアピールしたいんだったら
もっとインパクトのある言葉を選びそうなものですが。前レスで書いたように、故人の冥福を
祈ることは自己正当化のための免罪符みたいなものだとは思いますが、自己アピールに供する
ものは何かと言えば、こと文章においては、冒頭とか末尾に発せられるそのようなクリシェ
ではなく、本体であり骨子である主張そのものですからね。

言うは易く行うは難しって言葉がありますけど、冥福を祈るってことも表明するのは簡単だが、
実行するのは難しいってことなんかなぁ。


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