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死刑制度についてひと言お願いします

3481倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 21:22:20
理解できてる?

3482またたび:2012/10/26(金) 21:24:56
>>3476
だから私は当事者間の復讐論や感情論だけじゃなく>>3458のような第三者の安全のための防衛・防犯という観点も大事だ、
ということを>>3210の時から第三者の判断基準として申し上げているわけです。

それについてあなたはどうお思いになるんですか?
結局>>3472の問題についてお答えいただけてませんが、
『社会に対する影響』という物は考えなければならないと思うのですが。

3483倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 21:26:11
長すぎて読む気にもなれん、
一言で言ってくれ。

3484倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 21:30:20
ふむ
まず、その段階で周りを気にすることが間違っていると思う。

今の段階は殺人犯と犠牲者。

で、殺人犯が死刑に値するかどうかを決めるのは犠牲者。

そして、これは同時に調べる術がない。

ただひとつある真実は殺人を犯したということだ。

その状態で疑わしきは罰せずのルールを適応すれば
死刑かどうか分からない。
つまり死刑は免れるって事になるんじゃないか?
そこから、周りをどうするか考える。

まわりに絶対に危害を加えないようにする必要がある。
それだけじゃないか?

3485またたび:2012/10/26(金) 21:34:23
>>3477
許して頂けた?ようなので差し出がましくもういちどレスさせて頂きます。
こちら頃よろしくお願い致します。

減二さんが被ってきたご苦労は判りましたが
しかしいま現在の減二さんはもう息子さんにPCを買い与えられるほどの経済力はあるし、
好きでやっているわけでもないネットを閲覧していられてる余裕はあるわけですよね。

またキツい言い方になってしまうかもしれませんが、減二さんが過去どのようなご苦労をされていても
それはこの場にいる顔も見えない人間にとっては全く関係のない話だと思います。
過去どのようなご苦労をされていてもいまこの場では減二さんは他の方と同じであり、対等です。

上司やお父上が酷かったなどといった事も関係がありません。
上司や親が酷いため傷を負われた方だからといって、
車を運転すれば他の人と同じ条件で車運転して交通ルールを守らなければならないし、違反切符も同じく切られますよね。
それと同じ事です。
生意気だと思いますが過去の事にはこだわらず、いまの御自分に胸を張り、自信を持たれるべきだと思います。
減二さんはもう弱者ではなく一人前の人の親です。

3486減二:2012/10/26(金) 21:38:47
>>3457
造型していくということは、遺伝子論(元から備わっているもの)ではなく
後天的に与えられたもののことを示します。
ですから、遺伝ではなく環境が原因だと言う事です。

3487またたび:2012/10/26(金) 21:39:16
>>3484
普通は周りを気にしますし、周りも事件の影響が気になります。
被害者も加害者も社会の中の一員であり、事件は社会の中で起こるのです。
事件が同じ社会の中で起きた以上、次またいつ同様の事件が起こり、
社会の中の誰が犠牲になるかわからないわけです。
もう何度も言ってますが泥棒に入られないためには鍵をかけますよね?これと同じ事です。

起きうる事件を抑制して予防するために刑法があり、事件の社会的影響を考慮に入れて
社会の中で生活をしている人間の安全のために法律を作り、犯罪者を社会から切り離して隔離し、
相応しい対処をするのは当然の事です。
その極刑のベストが死刑だとは言い切りませんが、死刑を廃止にしても代用となる極刑は必須です。

3488倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 21:41:48
また、感情を持ち出して逃げるのか…

3489倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 21:42:55
論理的に>>3484は正しいと思う?

感情抜きで。

3490またたび:2012/10/26(金) 21:43:38
>>3488
感情では全くありません、権利の問題です。
あなたが言った通りみな自分を防衛する権利があるのです。
防衛する権利の行使として犯罪者が犯罪をし難い安全な世の中を作り
そのために犯罪をした場合の罰則を厳しくするのは当然の事です。

3491倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 21:45:18
権利?

被害者と犠牲者がいて、そのときに死刑かどうかの判決が下る。

まわりはそのあとだよ。
誰のどういう権利があるんだ?

3492減二:2012/10/26(金) 21:48:07
>>3485
>それはこの場にいる顔も見えない人間にとっては全く関係のない話だと思います。

それは、サイトなどに頼って目に見えない相手や、
文書のみに頼って判断しているからだと思います。
またたびさんにはFacebookをお薦めします。
そうすると相手が見えるから。
http://ja-jp.facebook.com/

3493またたび:2012/10/26(金) 21:48:18
>>3491
犯罪者が罰則が厳しくない事によって犯罪をしやすい世の中になり
その結果社会の中の全員が治安の悪い危険な世の中で暮らす事になるという危険性と
それに対し罰則を厳しくする事で犯罪者を牽制し
犯罪をし難い世の中を作りみんなが安全に暮らせる世の中を作るという防衛の権利です。

3494またたび:2012/10/26(金) 21:50:06
>>3492
ですから、ここはフェイスブックではありません。
ここは文章のみの場所です。
減二さんも文章のみで判断され、文章のみの場所のルールに従うべきです。

フェイスブックでない場所では、フェイスブックではない場所での扱いをされるという事を念頭に置いてください。

3495倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 21:52:53
隔離すればいいだろ?
税金は払うんだよな?

義務を怠ったものは権利なんて主張できないぞ。

3496またたび:2012/10/26(金) 21:57:45
>>3495
ですからその事について私は最初から反対していませんし自分でも一等最初に挙げています>>3197

そして国民の中で自分たちの税金を使ってまで全ての犯罪者を死ぬまで養うことに納得する者と、納得しない者
結局はこの二派の民主的な多数決で決まるだけであり、
大半の国民は血税を使って極刑囚を生涯養う事に賛成はしないだろうと予想しています。
実際にやってみれば判ると思いますが。

3497倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 21:58:51
判決を下せるのは犠牲者だけ

そして、それを調べる術がない。

そしてそれを社会に戻すかどうかの判定が入る。

生きている者を社会人と扱わなければ、そこには社会契約論の破棄が認められる。

故に戻さざるを得ない。

それと同時にそのものを安全にする義務を負う。

これで何か違うのか?

3498倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 21:59:43
納得しない者は
社会契約論違反として、義務および一切の権利をその社会から剥奪される。

3499倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 22:01:28
何か間違っていることいっているか?

社会契約論が仮定だけど…

3500またたび:2012/10/26(金) 22:04:51
>>3497

>生きている者を社会人と扱わなければ、そこには社会契約論の破棄が認められる。

生きているだけでは社会人としては扱われません。
まず日本国国籍があり、戸籍があり、就労して税金を納めており、選挙権と市民艶を得ている事が条件です。

そして犯罪者は犯罪を犯し逮捕された事で就労や納税の義務を怠っていることになるので
服役または拘置されている間社会人ではありませんし、その資格を剥奪されて社会から排除されています。
当たり前ですが、受刑囚や死刑囚や被告に選挙権なんてありません。

3501倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 22:05:18
具体例は省いて説明してくれ

3502倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 22:06:48
>生きているだけでは社会人としては扱われません

ほう、では誰が人類という社会から追放するんだ?

3503倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 22:10:01
死刑という追放する権利があるのは被害者だけじゃないのか?

3504減二:2012/10/26(金) 22:11:01
>>3477
>フェイスブックでない場所では、フェイスブックではない場所での扱いをされるという事を念頭に置いてください。

此処では私の文章はFacebook用に書いていません。
また、Facebookでは此処に書くような記述をすると、友達が逃げると思います。

またたびさんの
>>3485
>顔も見えない人間にとっては全く関係のない話だと思います。
とのご発言を受けて、Facebookをご紹介したのですよ。

3505またたび:2012/10/26(金) 22:11:04
>>3502
人類という社会が犯罪者を社会から追放しています。
皆の安全のために皆で決定して皆で追放してるんです。

昔江戸時代には遠島刑(島流し)や非人村に追放するという追放刑という刑罰がありましたが
現代の拘置所や刑務所に入れて社会から犯罪者を隔離し閉じ込めるという方法は
この追放刑の変形でしかありません。
人類という社会が安全のために犯罪者を刑務所や拘置所という、社会から隔絶した人工の空間と檻の中に追放してるんです。

3506倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 22:11:48
だが、生き残ればそいつも人類だ。

3507倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 22:13:34
理解は無理そうだなぁ

人類の社会。
即ち命あるもの全てがその社会を形成している。

で、殺人を犯した、死刑の判決を下せるのは被害者本人だけ。

生き残ると人類ではなくなるのか?

3508またたび:2012/10/26(金) 22:14:46
>>3504
だから、ここはFacebookではないので、顔の見えない場所です。
顔の見えない場所でのやり取りでFacebookの話など持ち出しても無意味です。
私の文章も減二さんと同じく、Facebook用に書いていませんし、Facebook用に書く気もありません。
ここはFacebookではないので、Facebookのように相手を思いやれとか言われてもそれはそちらの幼稚なワガママです。
ラーメン屋に来てメニューに無い寿司を注文して駄々をこねるような素っ頓狂な行為です。
ご理解いただけたでしょうか?

3509倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 22:20:11
殺人を犯したら、動物になるのなら、貴方の理論は正しい。

動物になって、人類として受け入れるかどうかを人類が決めるという理屈なら正しいと思うぞ。

3510倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 22:21:52
だが、その立証には非常に難解で困難な問題を引き起こすな。

3511倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 22:24:55
明日は休みだけど、ボランティアと講義もあるので、今日は早めに寝たいんですがね…

3512減二:2012/10/26(金) 22:31:36
>>3508
そのようにお考えであれば、Facebookの事はお気になさらず、
この場で議論を続けられると宜しいかと思います。
但し、死刑制度のスレであることは用心深く、
肝に銘じられるよう、ご確認まで。

倫理的廃止論者様にもお伝え致します。
まぁ、伝えなくても本人、解ってますね。

3513倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 22:33:36
顔なんか出したら、被害者遺族から殺されかねないわなw

平和を訴えるものは、時として敵にもなる。
ジョンレノンのようにな。

3514またたび:2012/10/26(金) 22:36:18
>>3512
私は基本的に相手の話題に合わせてるだけなので、減二さんや倫理的廃止論者さんが脱線されなければ大丈夫です。
Facebookの話とかも私の方からはさらさら持ち出す気はありません。
でもここでの書き込みをするのにFacebookの相手みたいに相手の人生背景とかまで考えろとか言われたら
さすがにツッコミを入れさせて頂きます。

3515倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 22:38:02
今日はこの辺にするかい?

殺人を犯した者は動物か?人間か?

ある意味究極の問いだなw

3516倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 22:41:33
が、動物として認定した場合であっても、それをどうする?
絶滅危惧種にするのか?w

3517倫理的廃止論者:2012/10/26(金) 22:45:08
お〜やばいやばい、これ以上考えると精神病になりそうだw

小便にでも起きたらまたレスするかもしれん。

って事でお休み〜

3518またたび:2012/10/26(金) 22:50:39
>>3515
殺人を犯した者は動物か?人間か?なんて問いは私はあなたにしてません。
私があなたにしてる問いはこれです>>3458

>動物か人間かなんて区別は問題じゃないですよね、
>動物でも人間でも野性的に人間を殺す者が現れた時にそれに対しどう対処するのか?という問題だと思いますが。

それに対しあなたは>>3460で『防衛は許されるべきだ』と答えました。
なので私は>>3466>>3482>>3487>>3490>>3493>>3496
『犯罪者から防衛する権利は犯罪被害者にいつでもなりうる社会の中の住人にもある』ということを言いました。

そしてあなたは>>3497で受刑者や被告を社会人扱いしましたが
それは間違いであると>>3500>>3505で私は指摘させてもらいました。
それに対しあなたは>>3506で、『だが、生き残ればそいつも人類だ』とまとめました。

これでは最終的に『犯罪者は生きてるうちは人類』だが、『社会からは追放されている』という事は覆せてませんし、
解決にも決着にもなっていません。
社会参加権を失っている人間でもあなたは人類であれば殺すべきではない、と言いたかったのだと思います。
しかしながら、それは『殺人を犯した者は動物か?人間か?』みたいな問いとは
全く無関係で全然違う話にとっくになっていると思います。

3519減二:2012/10/26(金) 23:00:37
>>3508
>相手の人生背景とかまで考えろとか言われたら
さすがにツッコミを入れさせて頂きます。

私の人生経験の問題なんてどうでも良いと思いますが、
差別や蔑視の問題で、不愉快な事を書かなければならなかったのです。

そのように記述してさらに馬鹿にするような社会であれば、
事件等の被害者の意見を、蔑視するような意見が出ても不思議ではありません。
被害者は其処に置かれ、加害者は洗脳され行動するとしたら悪夢以外に何者でもありません。
ずっとこの問題を考えています。

3520減二:2012/10/26(金) 23:03:34
私の言っていることたぶん理解が得られないと思う。
私は去る。

3521またたび:2012/10/26(金) 23:29:47
>>3519
だから、申し訳ないですけど私はいくら減二さんが不幸な生い立ち自慢をした所で
他の人と同様に扱わせて頂きます。

さっきも言いましたが、減二さんがいくら不幸な生い立ちで御苦労されてるからって
車の運転をするときその事が理由で甘く採点してもらえたりしてもらえますか?
道具を使う時はどんな生い立ちの人でも守るべき事は皆と同じですよね、皆と同じ物を使っている以上は。
だから私は減二さんがいくら気の毒な方でも、この掲示板では他の人と平等であると判断します。
あしからず。

3522紫煙狼:2012/10/26(金) 23:32:14
>>3389
>前半の部分については(中略)答えられません。
別に宗教的な話をしたいのではなく、一般論をお伺いしたいのでもなく、
単に「人が他の生き物の命を奪う」ことが許されると思われる、
倫理的廃止論者さんの線引きをお聞きしたいのです。

もう少し種明かしをすると、その線引きが発生しうる理由が知りたいのです。

と、言うのは、世の中の多くの人々は「凶悪な犯罪者だから」という理由を以て、
「殺して良い人間」と「殺してはいけない人間」に線引きをして死刑を肯定しています。
正しいか間違っているかは別として、線引きの根拠自体は非常に明白です。
人が人を殺しても理由如何によって許されるのであれば、人が他の生物を殺すのも、
理由如何によっては許されるでしょう。ある意味、とても分かりやすい。

それに対して「殺人は許されないから」という理由で死刑を否定するのであれば、
人以外のところに線引きが発生すると考えざるを得ません。では、どこに線引きが
発生するのでしょう?

もし「例えどのような理由があろうと、生命体が生命体の命を奪ってはいけない」と
いう線引きであれば、倫理的廃止論者さんが今、生きているはずがありません。
倫理的廃止論者さんは、少なくとも自分が生きるために他の生物の命を奪っている。
ならば、その生物を殺してしまう事をどのように正当化するのかお伺いしたいのです。

また「人に危害を加えない限り善」というのも、実は曖昧な話ですよね?
「怪我をさせる」は「危害を加える」に該当しそうです。監禁するのは「危害を加える」に該当する
のでしょうか?「親殺し!」と罵ってみたり「駄文を全部読む気がそろそろ限界なんでな」などと
相手の気分を大きく害するのは「危害を加える」に該当するのでしょうか?しないのでしょうか?
物理的暴力は許されなく、精神的暴力は許されるのであれば、凶悪犯が自殺するまで精神的に
追いつめても、あくまで勝手に死んだという事で、危害は加えていないと言えるのでしょうか?
人間だけに対象を絞ったとしても、基準が曖昧すぎます。

>どこからが生命なのかは、議論の分かれるところであり
倫理的廃止論者さんの中で既に議論が分かれているのですか?それは…器用ですね。
もちろん、私は、倫理的廃止論者さんのお答えを聞きたいだけで一般論の話はしていません。

>が、次のような設問を設けたいと思います。
その設問にお応えするのは吝かではありません。しかしお気づきの事だとは思いますが、
私はどちらか片方しか助けられない例として先の質問をしたのではなく、
助ける事が出来るとすれば母親のみだが、子の死を人為的に早めなければならない。
子の死を人為的に早める事が許されないとすれば、母も死んでしまう状況を問うています。
この二つは全く次元の異なる設問です。その差は、認識していらっしゃいますよね?

3523紫煙狼:2012/10/26(金) 23:32:43
>>3389
ちなみに、倫理的廃止論者さんの出した設問に関しては、
母親が資産もなく、他に子供もおらず、子供を助けない事が人類の滅亡を意味するとしても、
私は躊躇なく母親を助け、子供を殺すでしょう。なぜなら、母親は既に社会の一員であり、
子供はまだ社会の一員ではないからです。たとえ、実は母親は人類を滅亡させる悪の芽で、
子供はやがて人類を永久の平和に導く事が運命づけられていたとしても、それが明確になって
いない可能性に過ぎない状態であれば、私は既に社会の一員になっている者を優先するという
判断基準で行動を起こします。

その結果、どのような罪に問われても、私が母親を助けようとしている最中に子供に殺されても、
私が母親を助けようとしている最中に子供を思う母親に殺されても、それは正当防衛だから
仕方がないと受け入れます。私が幽霊としてその後の裁判の証言台に立つ事が出来るとすれば

> あの状況ですからね、私の正解と、子供の正解と、母親の正解が食い違っても仕方がないですよ。
> こんなの罪に問うていたら、キリがありませんや。まぁ、ここはひとつ私が死んで一件落着って事で!

と苦笑いするでしょう。なぜなら、善意の行き違いの結果が思わぬ悲劇になっただけの事で、
明らかに悪意を持った者が居ない状況で、何が最善なのかを検討するのに十分な時間が取れな
かったのですからのですから、結果がどうあれ違法性は阻却されるべきです。

しかし、明らかな悪意を持った者が介在していたとすれば、もちろん、この限りではありません。
まだ生まれていない子供が、実は母親に対して悪意を以て苦しめるために難産であろうと頑張っていて、
母親の生命が危険にさらされているなら、私が子供を殺そうとした事に対し、母親が私を殺して正当防衛を
主張するのは認めても、母親を苦しめていた子供が私を殺して正当防衛を主張するのは認めない。
逆に、実は子供を苦しめるために無理やり難産にしている母である事を知らずに子供を殺す事に加担して
しまっていたという状況下であれば、私は子供に殺されても文句はないし、母親に殺されたなら、
紫煙狼(幽霊)は「私を殺してまでして子供を苦しめようとした母親は重罪人である」と証言しましょう。

少なくとも、私がどのような選択をするか、と言う事に、母親の資産も、他に子供が居る事も、
術後余命の期待値も、まったく影響しません。そんな事を考える時間より、二人とも助ける方法の
模索の方が何千万倍も優先順位は高いでしょう。

>>3391
思わないねぇ…。

3524紫煙狼:2012/10/27(土) 01:23:04
>>減二さん >>倫理的廃止論者さん

お二人に共通した話なのですが、お二人とも言ってる事が良くわかんない。
お二人とも「自分の考え方は他の人とはちょっと違う」って自覚はあるのかなぁ。。。

いや、言い悪いの話じゃないんですよ。「皆違って皆イイ」んですよ?
言っている事や考えている事が正しいか間違っているか、でもないんですよ。
全然それ以前の問題、善悪とか、議論とか、話し合い以前の問題。

もっともっと、根本的な部分で、お二人は他の人の言っている事を理解できている
かもしれないけれど、他の方々はお二人の言っている事が理解できていないよね?
「どうも話が通じていないようだ」って自覚はあるでしょう?

お二人とも、私やまたたびさんにお願いされて、仕方なく厭々書いているだけなら、
ごめんなさい。もう二度と書いていただかなくて結構です。そこまでお手を煩わせる
つもりはありません。

でも、お二人も、自分の考えや主張を伝えたくて、疑問を解消させたくて書いているなら、
もう少し読み手本位に物事を考えられないでしょうか?

例えば、倫理的廃止論者さんのように「短い文章で簡単な言葉を使って…」という
心掛けは読み手本位で大いに結構だと思うのですが、その結果、説明が少なすぎて
相手に伝わっていない事実は反省するべきですよね?

減二さんのように、色々盛り込んで、読者の想像力を掻き立てることで分かりやすくと
いう心掛けも読み手本位で大いに結構だとは思うのですが、その結果、話があっち
こっちに飛び過ぎて、相手に伝わっていない事実は反省するべきですよね?

なんだか、お二人ともお話が「全編が予告編の映画」みたいなんですよ。
断片・断片・断片、いずれもヤマ場の連続で、興味は掻き立てるんだけど、
一向にストーリーがわからない。

芸術映画や娯楽作品なら、ある意味それでも構わない。独自の表現を試みる事や、
観客を飽きさせないのが目的なんだから、理解してもらう必要も、説明する義理もない。
でも、お二人の作品は社会問題を描いたヒューマンドキュメンタリーで、観客にその問題を
真剣に考えさせることが目的なのだから、今の状態で満足したら勿体ないですよ。

私も誤読してしまわないように努力し続けますから、お二人ももう少し伝わりやすい表現に
気をつけて頂けませんか?でなければ、お互い限りある人生の時間を無駄にしてしまいますよ。

3525紫煙狼:2012/10/27(土) 01:32:21
>>倫理的廃止論者さん
あなたは、またたびさんの文章を「駄文」だと仰いますが、私の目には
どうしても貴方の文章の方が「駄文」に思えて仕方がないのです。

「文章に対する価値観の違いだ!」

と言うのは簡単なんですよ。でも、それなら死刑存廃問題も

「死刑に対する価値観の違いだ!」

で終わりじゃないですか。貴方は私やまたたびさんとの価値観の溝を埋めたうえで
「倫理的廃止論者さんの言っている事こそ真実だ!」と認めさせたいのでしょう?
だったら「文章に対する価値観の違い」も埋めて頂けませんか?

3526減二:2012/10/27(土) 01:55:49
>>3524 >>3525
このような時、今は存在しないufloatさんがいらっしゃらない事が、
紫煙狼様にとって、甚だしくハンディを抱えていると察し、
言葉では表現できない苦痛を私も抱えています。
でも、それを貴方一人で乗り切らなければなりません。
頑張ってください。きっと皆も応援していると思います。
ufloat様という最高の友を失ったとして、決して負けてはなりません。
影ながら応援しています。頑張れ!!(^^)

3527倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 03:38:57
>>3523

前半部分の回答
まず、このケースでは他の子供がいる事を前提において欲しい。
実社会であったなら、この子供の立場でどう思うだろうか?
最初は兄弟がなくなったと悲しむかもしれません。
しかし、その後100年行き続けたらどうなるでしょう?
つまり、100兆円の資産継承権がなくなるに等しくなってしまうのです。
家宝は寝て待てといいますが、100兆あったら、そんな事さえ思わなくなってしまうかもしれません。
貴方はこの弟一子に殺されるかもしれません。
貴方はやらなくて、良い手術をしたのかもれません。

最後の一文に対する回答

もし、貴方の手術で永遠の命が得られるとしても、それは手術を行うべきだと言う主張でいいですか?

そうなれば、人類は人口であふれかえって、飢餓で何億人が死のうと、それでも貴方には何の責任もないと…

それは正義と呼べるのでしょうか?

貴方方の数の主張にも矛盾が生じているのと違いますか?

大切なのはその時だけですか?
そうなると、今度はテロとの一件との矛盾が生じてしまいます。

もう一つ設問をしましょう。
EX2:1億人と2000万人が永遠の命の手術を求めているとします。
    前者は子孫を残せない、後者は子孫を残せる。

    どちらか一方を救えるとします。

    貴方はどちらを助けますか?

>>3255
それは認められません。
なぜなら、自分の都合で人に対しては>>3406だと言っていながら
>>3407と自分では守れない事を主張しているのですから
人の主張を電波だといい、精神病だと言うその横柄な態度よりはよっぽど丁寧だと思いますがね…

>>3524
時代に受け入れられない者は変態扱いされても仕方ないと思っていますから
かのアインシュタインでさえそうです。
時代に受け入れられず、石を投げられても、正しい事は正しいと主張する。
貴方はテロメアがどういう働きをするかご存知ですか?
まず、そこから勉強してください。
それも勉強せずに理解できないというのならば、知識に対する冒涜だと思います。

私は理系で何が正解かを徹底的に究明するタイプです。
人との座談を設けても、何一つ解決しないという考えですし
ましてや、生命なんて事を考える上では
現代医学で解明されてないようなことまで議論しなければなりません。
一般人からすれば、異質と捕らえられても仕方ないのではないのでしょうか?
私のこれこれこういう理由で死刑は廃止すべきだという主張は口をつぐまなければならないのですか?

私は一つの命を助けたい。
生ある者の命を
それが、どんな極悪非道な人間でも、更正することを信じて助けたいと思います。
人に石を投げられてもね。
なぜなら、善意ある者だけが人類ではないからです。
人類を人類として認められない者には倫理の名において鉄拳を下します。

3528倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 03:45:11
EX2に補足をします。
当然やらないという選択肢もありです。

3529倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 07:02:03
疑わしきは罰せず。

なぜこんな事が大原則になっているのか?

それは人権を最大限尊重しなければならないという自然法だからだ。

そして、法以前の問題で、誰が誰を裁く権利があるのか?

被害者が死刑を望んでいなかったとしたら、いったい誰が死刑を言い渡しその大きな誤審の責任を持つというのだろうか?

故に、死刑は何人たりとも言い渡してはならない。

3530倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 07:16:42
そして、それは大きな問題への提起でもある。

相手の片腕を落とした者は、相手が完全に許したとき、自らその片腕を落とすべきなのだろうか?

非、それは自らを自らが所有しているからだ。

これを覆すには、自分を自分以外の何かが所有していなければならない。

3531倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 07:24:22
少なくとも、無宗教の日本ではそれは行われるべきではないと私は考える。

3532またたび:2012/10/27(土) 07:41:22
>>3529
疑わしきは罰せずは人権の尊重というより、冤罪の発生を防ぐためです。
警察や検察が物的証拠もないのに拷問的取り調べや証拠のでっち上げなどで無実の罪の人を犯人に仕立て上げて
誤った判決が降りてしまう可能性を防ぐために、物的証拠第一主義で物的証拠がなければ状況証拠が揃っていて限り無く疑わしくても
起訴は出来ても判決に対し慎重にならざるを得ない、熟慮に熟慮を重ねる事で誤審を防ぐブレーキとするって事です。
狭山事件などがその典型的実例です。(それでも石川さんの失われた時間は返ってこず、遅すぎましたが)

しかし一方では最近boroさんがお書きになった首都県連続不審死事件の木嶋佳苗のように
木嶋佳苗が数々の男性を殺害した疑いが状況証拠から濃厚でも
物的証拠は一切ない、という事件に対し厳しい判決が降りた例もあります。

木嶋佳苗が犯人でないとするなら木嶋佳苗の行動全てが単なる奇跡的偶然の一致で
『たまたま』周囲の男性が次々練炭自殺をしたり、練炭を大量購入していたりするだけだ、
とするのは無理があり、木嶋佳苗以外の人物が犯行を行っている可能性は限り無く0%に近い、
よって一審死刑、という判断をさいたま地裁と裁判員は下したのです。
これは『疑わしきは罰する』として判決が降りた実在のケースです。

あなたは疑わしきは罰せずの原則に則って、木嶋佳苗のようなケースでも木嶋は推定無罪であり、
自由にしてまた社会の中へ返すべきだ、とお考えになりますか?

また倫理的廃止論者に頼っていますが、
その法則がそもそも当てはまらない殺人も現実に存在するわけです。
何度も例に挙げていますが、宅間守や加藤智大などのスプリーキラーによる通り魔殺人は
疑うどころか、現行犯逮捕なわけです。
こういった殺人には根本的に『疑わしきは罰せず』の法則が通用しない事になります。
疑うよりもなく誤審の可能性が100%ないタイプの事件です。
だって人を刺し殺してる最中に取り押さえられたのですから。

その場合でも、あなたはスプリーキラーも『誰にも裁く権利はない』『(誤審の可能性など100%ないのに)被告に人権を尊重し判決は何人たりとも言い渡してはならない』
などとお考えなのでしょうか?

3533またたび:2012/10/27(土) 07:43:23
失礼、脱字がありました
×また倫理的廃止論者に頼っていますが、
○また倫理的廃止論者は『疑わしきは罰せず』に頼っていますが、

3534倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 07:44:41
知らんがな
少なくとも電波と思っている奴に答える義務はない。

3535またたび:2012/10/27(土) 07:47:42
>>3534
では倫理的廃止論者さんのお考えでは答えられなかった、
答えに詰まってしまった、
こういったケースには対応不能、という事ですね。
倫理的廃止論者さんのお考えの程度と限界点がよく解りました。

3536倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 07:51:09
勝手にそう言っとけ
絶対的な反論を提示する自信があるけど、アホらしくて答える気にもなれん。

3537またたび:2012/10/27(土) 07:53:35
>>3536
では、私相手ではなく
絶対的な反論を紫煙狼さんか減二さん宛か
あるいは独り言で書いてみてもらえないでしょうか?
絶対の自信がある物なら僕はそれを見て死刑廃止論に納得するかもしれません。
倫理的廃止論者さんが死刑廃止論に懐疑的な人間の考えを動かす絶交のチャンスであり、勿体ないと思いますが。

3538倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 07:54:44
おまえには教えん

3539またたび:2012/10/27(土) 07:57:16
では、私は倫理的廃止論者さんの絶対の自信がある反論とやらを
物的証拠として明示してもらえてないので
『疑わしきは断定せず』の原則により
倫理的廃止論者さんは>>3532に対する反論は現実には持っていない物、と考えます。

3540倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 07:57:21
何度となく、忠告したにもかかわらず、ずらずらと事例ばかり並べ立て
自らを正当化しかできない奴に何の考えができるというのだ?

3541倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 07:59:26
他人に求めるまえに、自ら実施しろよ。

3542またたび:2012/10/27(土) 08:02:03
>>3540
むしろ倫理的廃止論者さんは何故事例を並べて検証されたり、お考えになれたりしないのでしょうか?
犯罪は現実の物であり、現実の実例を検証して考えなければ始まらないと思いますが。
事例を述べてはならない、などというルールなんてありませんよね?
boroさんがそもそもたくさんの事例を御紹介されてる方ですし、ここは現実に起きた犯罪を扱っているサイトさんなのですから。

3543倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 08:02:39
はいはいバイバーイ
またね〜

3544倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 18:25:25
誰か自分の意見で私の意見に反論できる人はいないかな?

いちいち、他人の言葉を借りないと釈明できない奴と会話する気にもなれん。

意見に対して事例を出してそれで反論ができるとするなら

そんなアホな事はない。

日本では罪→償いという風潮がまだ色濃く残っており
これは日本独特の文化、ハラキリに由来する物であると考えます。

一方アメリカなどは宗教色が高いためか、罪→罰という認識が高いように思います。

そう、罪が発生した時点でその罰は免れないものになる。

だが、日本ではどうだろ?
相手に許されれば、それを免れる。
そういう風潮が高いのではないのだろうか?
自分を自分以外の政府?神?が所有しているなんで、今の私には受け入れられない。

3545倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 18:45:26
自殺を行った者がいたら、政府はその遺族に罰金刑をかけることができる?

死刑を認めるということは、そういうことになるのではないのだろうか?

3546またたび:2012/10/27(土) 18:51:38
>>3544

>日本では罪→償いという風潮がまだ色濃く残っており
>これは日本独特の文化、ハラキリに由来する物であると考えます。

>一方アメリカなどは宗教色が高いためか、罪→罰という認識が高いように思います。

この両者の違いはないと思います。
むしろアメリカは州法によって死刑を廃止している州もあれば、死刑を存続している州もあります。
州によって考え方はバラバラです。
また日本もアメリカも刑務所があり、死刑があり、犯罪者を捕らえて社会から隔離し、罰則によって犯罪を抑制し
犯罪者を取り締まっているという点は全く同じで、少しも違いはありません。
というか、文明国でこうしていない国などないと思います。
どの国にもそれぞれの刑法と刑務所はあります。

また、
>日本では罪→償いという風潮がまだ色濃く残っており
>これは日本独特の文化、ハラキリに由来する物であると考えます。
       ↓
>相手に許されれば、それを免れる。

この二つは矛盾しています。
江戸時代では相手に許されようが許されまいが、ちょっとした事で切腹にしてるし
ちょっとした事で斬首刑にしています。
裁くのは相手じゃなくてお上であり、お奉行です。
現在はそれが司法と裁判所に変わっているだけです。

3547またたび:2012/10/27(土) 18:56:56
>>3545
自殺と死刑が何故どう結びつくのか不明瞭で、唐突で考察が全く繋がってないです。
そもそも自殺は殺人じゃありません。
死刑を認める認めないと、殺人ではなく個人が死を選ぶ権利の問題である自殺の問題は
全く別問題です。

3548倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 18:58:41
やっと自分の意見だけで述べられたね、恣意的な事例を出すのなら、反対事例も出さなければ印象操作になる。

>>3545についてはどう考える?

3549倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:00:01
いや、だから、死刑を認めるには自分を自分以外の何かが所有していなければならないことは
>>3530
で説明したとおりだと思うけど…

3550またたび:2012/10/27(土) 19:02:50
>>3548
だから、倫理的廃止論者さんが御自分の意見にあった事例をちゃんと出せばいいと思うのですが
何故出せないんですか>>3542、ってことを申し上げているのですが。

私には倫理的廃止論者さんのお話はいつも突飛でぶっ飛んでいてフィクション性や非現実性や観念性が濃すぎるので
その御意見にあった事例を出せと言われても難しいです、あしからず。

3551倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:03:45
恣意的な事例を出して印象操作はまずいだろ?
事例の出し合いで何の発展がある?

3552倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:07:29
何の発展もしない議論に付き合うほど暇じゃない。

3553またたび:2012/10/27(土) 19:08:58
>>3549
では、倫理的廃止論者さんは相手が『許さない。片腕を落とせ』と言われたら
もうどうしようもなく片腕を落とすしかなくなるのですよね。

そして倫理的廃止論者さんのお考えの場合、
『相手が死んでいるなら意思表示の確認は出来ない。被害者は許してるかもしれない。よって死刑は駄目』と。

そこで一つ提案ですが、こうすれば良いと思います。
死刑廃止を提言するのと同時に、意思表示カードを普及させるのです。
臓器提供や脳死した場合の延命を臨まない意思表示のカードと同じく、
自分が殺された場合、相手を許すか許さないかの意思表示カードを持っていてもらう。
許す、としている場合の人が被害者だった場合、極刑でも死刑にはならない。
しかし許さない、としている人が被害者だった場合、極刑として死刑も視野に入れる。
こうすれば現実的かと思いますが。
ちなみに私の場合は許さないに意思表示をしておきます。
理由は社会的影響のため、人を殺しても簡単には死刑にはならないと思わせないためです。

3554倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:10:43
いや、それはダメだろ。
政府?神?が個人を所有しているとするなら、自殺さえも、認められないんだぞ?

3555またたび:2012/10/27(土) 19:16:25
>>3554
私は政府やら神やらが個人を所有してるなんて突飛で超然的な話はしていません。
もっと現実的な地に足のついたお話をしています。
ドナーカードと同じです。
政府や神が個人所有してるなんて謎な考えとは無関係に、現実にドナーカードを持っている人は
脳死した場合の生命維持を臨まない意志をしているのと、臓器提供に同意をしています。
それによって現実に脳死した人の人為的死、つまり意志と遺族が延命装置を切るという一種の殺人あるいは自殺幇助が認められているのです。
被害者の生前の意思確認の問題なら、これと同じ制度を導入すれば簡単に解決すると思いますが。

3556倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:19:33
いや、政府が個人を所有しているのなら、自分の意思で臓器提供やらは勝手にはできない。

もう一度、>>3529-3530
で結論を導き出さなければならないと思う。

3557倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:20:39
個人を所有しているのが、国家なり神であるから、国家はそれを罰として下せるのと違うか?

3558倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:22:30
個人を個人が所有しているのならば
いかなる罰も受け入れないとなるはずなんだけど…

3559またたび:2012/10/27(土) 19:23:38
>>3556

>いや、政府が個人を所有しているのなら、自分の意思で臓器提供やらは勝手にはできない。

あなたが出来ないと言ってても現実に日本でも臓器提供は行われています。
自分の意志で勝手にはできないとおっしゃられていますが、自分の意志でやってる人達が現実にいますよ。(+家族が同意すればですが)
倫理的廃止論者さんのその謎の思想は現実には何の影響力もなく、無視してる人が大勢いますが、その現実についてはどうお考えなんですか?

3560倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:24:31
だから、事例を出して正当化するのはやめてくれよ

3561倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:25:54
何回言ったら分かるんだ…

3562倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:29:29
>>3557に答えてくれ

3563倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:30:45
yesかnoかだ

3564またたび:2012/10/27(土) 19:31:32
>>3560
事例じゃありません、事実であり現実です。
このスレはフィクションのお話をする所でなく、現実の社会の現実に起きている問題についてのスレです。
倫理的廃止論者さんの個人的な思想のお話をする所でもなければ、現実とは無関係の倫理的廃止論者さんお頭の中の世界のお話をする所でもないし
今から数百年後数千年後の未来の世界の可能性について語る所でもないし、SFの話題ではありません。

現実の世界に倫理的廃止論者さんのお考えとは無関係に自分の意思で臓器提供をしている人はいます。
神やら政府やらの所有物になんて誰もなっていません。本人に意志があれば事実として臓器提供は自由です。
その現実の日本社会の死刑問題について考えたければ、現実を日本社会を見るしかないです。
日本社会の中の他の誰が知っているかも不明瞭な、倫理的廃止論者さんの個人的な頭の中の宇宙と神の思想の話をしても仕方ありません。

3565倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:32:29
だからなに?

3566倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:35:37
もう少し、>>3529-3530について真剣に考えてくれ

3567またたび:2012/10/27(土) 19:40:22
>>3557
>>3562

個人は国家の所有物ではありません。
なぜなら個人の自由意志でいつでも日本を捨てて、日本人以外の外国人になる自由も認められているからです。
倫理的廃止論者さんが日本にご不満があって、日本政府に支配されるのが嫌なら
実はいつでも日本人でなくなる事が出来ます。

最近猫ひろしさんというタレントがオリンピックに出る出ないで揉めていたのをご存知ですか?
あの人はオリンピックに出たくて日本人を辞めて、カンボジア国籍を習得してカンボジア人になりました。
今の猫ひろしさんはもう日本人じゃなくて、カンボジア人です。
日本でタレント活動をしてても、もう日本国民ではなく、在日外国人です。
国家の個人に対する束縛なんてそんなもんです。
そして普通の国民は日本で暮らしてると安心だと思うから、税金を払って納得済みで警察と日本の刑法に守ってもらえているのです。
その結果犯罪者は捕まり、犯罪者は裁かれるのです。税を払っている国民を守るために。
不満があるなら猫ひろしさんのように自分の意思でいつでも違う国の人になる自由は認められています。
日本が危険な国になって日本が住み辛くなったら、アメリカでもどこにでも行けばいいわけです、愛国心や故郷にこだわりの無い人は。
だから政府も行政も国民の心を引きつけておくために安心して暮らせる社会を作ろうと必死に働いてるわけです、一応は。
じゃないとどんどん日本から人が出ていって、国民が流出してしまいますから。

現実を見て、SFじゃない現実の世界の話をしてください。

3568倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:40:31
相手の片腕を落とした者は、相手が完全に許したとき、自らその片腕を落とすべきなのだろうか?

ここは

相手の片腕を落とした者は、相手が完全に許したときであっても、自らその片腕を落とさなければならないのだろうか?

こう言い換えてもいい

3569倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:41:20
>>3567
であるなら、生命は国家が裁けないということになるんじゃないのか?

3570倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:42:40
事例、事実は切れ

どうであるべきか?の議論をしているのに、今こうだからでは話にならんだろ?

3571またたび:2012/10/27(土) 19:46:03
>>3569
いえ裁けます、というよりも裁かないと国民が安心して暮らす事が出来ないため
犯罪者を裁いてくれる安全な国にどんどん移住してしまいます。
そうなると国民に見捨てられた国はどんどん人口が減っていき、税収が減っていきます。
そうなると尚更経済力も後退し、内部の治安も国防面でもますます危険な国になってしまいます。
そうなるともはや北朝鮮とか中東とかアフリカの紛争国みたいな状態です。
そうなってしまってからでは手遅れだから、国家は国民という税収減を逃がさないために安全な国作りに心血を注ぎ
犯罪者に厳しくする以外にないのです。

3572倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:46:07
悪い、風呂で頭冷やしてくるわ

3573倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 19:47:31
いや、個人が個人の所有だったら、
誰がそれを裁けるんだよ。

3574またたび:2012/10/27(土) 19:53:55
>>3573
その場合は、私が>>3555で提案した
『個人の意思表示ではっきりさせておく』事で解決出来ますよね?

例えば私は私自身の所有物だから、私自身の意志で『犯罪者は許さない、社会のために死刑にしてください』と
あらかじめ生前意思表示しておいて、『司法の判断に自分の身を委ねます。司法の判断が私の意志です』と意思表示しておけば
私は私という自分自身の所有物を壊された賠償を厳しく相手に求める事が可能です。

勿論、倫理的廃止論者さんがそれとは逆に
『私は私が殺されても加害者に罰は求めません』という意思表示をしておく事は否定しません。
それで良いと思います。

3575倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 20:13:41
もう一度議論に戻る前に
>>3570には同意できるか?

3576またたび:2012/10/27(土) 20:24:36
>>3575
事例事実を一切切ってしまったら
どうであるべきか?という話でならなんでもいいのならおよそ実現不可能なことを言いたい放題になってしまいます。

例えば、死刑は廃止して宇宙空間に永久に囚人を閉じ込めておくためのコロニーを建設して
地球上のあらゆる囚人はそこに閉じ込めてしまえばいい、とか
地底に二度と出られない異次元の牢獄を建設して、そこに犯罪者を落として永久に地球上から抹消する
そうすれば死刑は廃止できる、とか。

何度も言いますががそういうのは論ではないです。
どうあるべきか?の名の下に行われる妄想とかSF構想発表会です。
議論にするなら現実に即して考え、現実に即して考えるなら社会の中で実際に起こっている事から目をそらさず考察し、
そのために事例事実を知る事は避けて通る事が出来ません。

そして、これも前も言いましたが無限回廊様はそうした『実際に起こった事』を扱い、実際に起こった事について学んで考えるサイト様です。

3577倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 20:33:20
>『私は私が殺されても加害者に罰は求めません』

死んでもいいとは思わんが、死んだのに罰を求めても仕方なかろう。

この根底から日本人には罰という概念ではなく、償い、報復が根付いていることが証明できる。

故に日本人には死刑は不適切。

3578倫理的廃止論者:2012/10/27(土) 20:35:30
神か何かがおりてきて、罰を処すといいう概念でなくては
死刑は不適切なんだと思うがね。

3579減二:2012/10/27(土) 20:40:30
横レス失礼致します。

>>3571
またたびさんの言う、
人口の減少と経済の衰退の関係は判ります。
しかし、紛争の原因は、国家間の対立が原因、
他国を嫌う民意等により起こると思いますが、

>そうなるともはや北朝鮮とか中東とかアフリカの紛争国みたいな状態です。
そうなってしまってからでは手遅れだから、国家は国民という税収減を逃がさないために安全な国作りに心血を注ぎ
犯罪者に厳しくする以外にないのです。

上記またたびさんのご意見では、犯罪者に厳しくすれば、
紛争が起こらないと言う事で宜しいでしょうか?

3580またたび:2012/10/27(土) 20:45:16
>>3577
概念に報復が根付いているのに死刑が不適切というのは謎の考えです。
むしろ報復が根付いているから死刑が根強くあると考えられるのではないでしょうか。

日本人なら忠臣蔵くらいご存知だと思いますが
大石内蔵助ら赤穂浪士たちは47人で吉良上野介一人を主君の仇討ち、
つまり報復のための集団リンチをするために殺しに行きました。
これは当時の仇討ちのルールにも反する違法行為ですが江戸の庶民たちは美談、悲劇の英雄として語り継いで拍手を送り
幕府に助命を嘆願する署名を送ったほどです。
大石内蔵助ら赤穂浪士四十七士は主君浅野長矩が無念のうちの死であったと解釈し、
主君が仇討ち、すなわち吉良上野之介への復讐を臨んでいると考えて
正式な仇討ちのもう仕入れによる決闘という手段ではなく、(諸事情によりそれが叶わないためですが)
四十七士全員の意思としての報復攻撃に出たのです。

これは倫理的廃止論者さんのお考えとまるで真逆な、個人の遺思を自分たちで解釈した上での復讐の実行で、殺人です。
ですが日本人はこれを英雄の美談として捉えて年末の風物詩にまでしています。
むしろ日本で死刑支持が根強いのはこうした武士道的精神の影響が今なお根強く、
日本の伝統的武士道において殺人や自死は簡単に許されていると思いますが。


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