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平和主義者は戦いがお好き?

1うろちい:2006/05/02(火) 04:29:25
このスレはヤスツさんの下記のような「かねてからの疑問」に答えるべく建てました。

>>誹謗中傷って、何? 12 ヤスツさん
>そして、私が常々申し上げているところの、「マクロな平和論を主張する人は、
>なぜその方法論をミクロな人間関係に援用させて、ミクロな平和作りに寄与することができないの?」
>に繋がっていくわけですけれども。

そりゃ、マクロな平和が特定のミクロの平和と両立しない上に、前者の方が重要だと判断するからでしょう。

2うろちい:2006/05/02(火) 04:37:34
現状の各個平和を維持して積み上げても、目的は達成できない。
「戦いがお好き」かどうかは別として、目的のためには摩擦を起こす「必要がある」んでしょうね。
逆説的ですけど、当然の話でもあるように思います。

その点、現状追認派であれば摩擦を起こす必要は特に無いわけですから、平和でいられるわけです。

3ヤスツ ◆0lcRIkF0ks:2006/05/07(日) 11:32:59
GW前多忙と怪我により、スレの存在に気づきませんでした。
参入が遅れましたことをお詫びします。

件の怪我のため、痛くなったらそこでリタイア、休止の後の再参入となりますことを始めにご了解いただければ幸いです。今は怪我の痛みが最優先事項です。


>2
の意見を私なりにかみ砕くと、

1・大きな目的のために小さな対立(摩擦)が起きるのは仕方がない
2・大きな目的のためなら、小さな対立は「起こす必要」がある
3・大きな目的の解決が優先されるのは正義である
4・大きな目的の前には、小さな対立による「犠牲」の発生を厭わない

ということになりますが、これはよろしいですか?
つまり、「大目的(=全体)の達成のためには、小対立の犠牲者が発生することは避けられない」でよろしいですか?
もっと踏み込んで言うと「全体のために個人が、大集団の利益のために小集団の利益が、多数意見のために少数意見が、踏みにじられても仕方がない」ということを認めるという趣旨を、>2は含んでいると理解しましたが、もし間違っていれば再度お願いします。


そして、>2に基づいて私に発生した新たな疑念は「マクロ平和とミクロな平和が両立しない場合に、マクロに属しているミクロな対立関係は結局解決されないことになるが、その状態は平和と呼べるのか?」です。

現状追認=摩擦を起こさない=対立を回避している=平和で「いられる」というのは、>2の後段のご指摘通りと思います。
そして、そのことそのものは、別に悪いことだとは思いません。逆に、平和でいる場所に「それは理想と違うからおまえら対立すべきだ、摩擦を起こしてでも上位の平和の達成に寄与するべきだ」と、ミクロな平和を蹂躙した場合でも、上位の大目的の達成という理念があれば、許されるということでしょうか?

4ヤスツ ◆0lcRIkF0ks:2006/05/07(日) 11:33:48
他にもいろいろ思うところはありますが、一気に進みすぎても話が煩雑になりますので、少しずつということでいかがでしょうか。

5うろちい:2006/05/12(金) 03:27:17
>>3

1. マクロな平和が達成されるまでは、ミクロな対立は抑圧という形で潜在している。
2. 抑圧を解消するために、何らかの戦いを起こし対立を顕在化させる必要が有る。
3. 他者の犠牲の上に成り立つミクロな平和は認めない、というのが正義(=唯一すべての人が共有し「得る」ルール)である。
4. マクロな平和が訪れるまでは、「犠牲」は既に存在する。

絶対平和主義者(=いっさいの戦闘を否定する)は、戦い自体を否定する立場から反戦をするのでしょうけど、そういう人たちは少数でしょう。
僕の理解では、多くの平和追求の活動は、抑圧を取り除くそれであって、戦闘が抑圧のツールとなるとき初めてその戦闘に対してノーの声を挙げます。
反戦運動を批判する人たちからは、その点がよく理解できていないのでは、と思われる発言がときどき見られます。
この無理解の原因は無理解側だけではなく、反戦運動側やメディアにもあると、僕は考えています。

6柏葉英一郎 ◆xNHCOHd/MU:2006/05/13(土) 00:46:23
>>5
>僕の理解では、多くの平和追求の活動は、抑圧を取り除くそれであって、
>戦闘が抑圧のツールとなるとき初めてその戦闘に対してノーの声を挙げます。

批判者の多くは、抑圧の定義自体が理解出来ていないと思いますよ。
というか、反戦側がそれを示していないと思うんですな。
反戦家は我が国や米国、イスラエルなどを主に非難していますが、真の抑圧国家(中国、北朝鮮、ロシアなど)はほとんど非難していないですしね。
中国によるチベット弾圧、ロシアによるチェチェン弾圧に、どれほどの反戦家が声を上げたでしょうか?
もちろん、米国やイスラエルが抑圧していないとは言いませんが、こと犠牲者数で考えれば比べものになりません。
イラク戦争の犠牲者は数千人単位ですが、チェチェンなんかは数十万単位で死んでいますしね。
また、ボスニアやルワンダの地獄に対して、我が国の反戦家が何らかの行動を起こしたとかも聞いたことないです。

で、批判者の側から見れば、『ダブスタか?』と思うわけですよ。
以前にも言ったかも知れませんが、反日反米のための反戦か?・・・・って感じで。
私も何度かこれについて質したことがありましたが、ほとんどシカトされました。
要するに、批判者側は反戦家というものに、一種の胡散臭さを感じているわけですよ。
もっと簡単に言えば、言っていることが信用出来ないって事で。
矛盾した行為を無視して、逃げ回っているようでは、信用失墜は仕方ないことです。

で、一度失った信用を取り返すのは容易ではありません。
どんなに言い訳しようとも、ほとんど無駄です。
行動できちんと示さない限り、信用回復は望めないでしょうね。
さしあたり、朝鮮総連の前でデモでもやってはどうかと思うんですが?
もしくは、中国大使館やロシア大使館の前とか。
もしこれが出来れば、ウヨ(?)も少しは見直すと思うんですがね。

7友引:2006/05/13(土) 09:45:08
柏葉英一郎さん
>中国によるチベット弾圧、ロシアによるチェチェン弾圧に、どれほどの反戦家が声を上げたでしょうか?

ぜひ教えて欲しいのですが、柏葉英一郎さんは、これらの弾圧を、いつどんなメディアを通じて知られましたか? 
最近まで、一般紙に写真入りではなばなしく報道されることが余りなかったような気がします。
アジアプレスのカメラは、こういう弾圧の現場に危険を冒して潜入しています。
DAYSJYAPAN という写真月刊誌は、これらを含めた抑圧の場面を描き挙げています。
これらのメディアは、反戦運動側であるように思います。
こういう事件が起こるとすぐさまミギの方たちが何らかの行動を示し、その行動によって事件を知ったというような経験がありません。
だから私には、ミギの方たちは、反戦運動への批判のため、にこれらの弾圧事件を利用しているに過ぎないように見えます。
ミギ事情を余り知らないので誤解があれば、ご訂正お願いします。
要は、お互いに、抑圧のない平和な社会を造るために何をしていくかが問題ですから。

>イラク戦争の犠牲者は数千人単位ですが、チェチェンなんかは数十万単位で死んでいますしね。

イラク戦争の犠牲者についての数字には誤りがあると思いますが・・・・それはともかく
イラク戦争に関しては日本国政府自身がいち早く支持を表明し関わっていますから、他の課題とは当然重さが違うと思います。


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