[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
平和主義者は戦いがお好き?
3
:
ヤスツ
◆0lcRIkF0ks
:2006/05/07(日) 11:32:59
GW前多忙と怪我により、スレの存在に気づきませんでした。
参入が遅れましたことをお詫びします。
件の怪我のため、痛くなったらそこでリタイア、休止の後の再参入となりますことを始めにご了解いただければ幸いです。今は怪我の痛みが最優先事項です。
>2
の意見を私なりにかみ砕くと、
1・大きな目的のために小さな対立(摩擦)が起きるのは仕方がない
2・大きな目的のためなら、小さな対立は「起こす必要」がある
3・大きな目的の解決が優先されるのは正義である
4・大きな目的の前には、小さな対立による「犠牲」の発生を厭わない
ということになりますが、これはよろしいですか?
つまり、「大目的(=全体)の達成のためには、小対立の犠牲者が発生することは避けられない」でよろしいですか?
もっと踏み込んで言うと「全体のために個人が、大集団の利益のために小集団の利益が、多数意見のために少数意見が、踏みにじられても仕方がない」ということを認めるという趣旨を、>2は含んでいると理解しましたが、もし間違っていれば再度お願いします。
そして、>2に基づいて私に発生した新たな疑念は「マクロ平和とミクロな平和が両立しない場合に、マクロに属しているミクロな対立関係は結局解決されないことになるが、その状態は平和と呼べるのか?」です。
現状追認=摩擦を起こさない=対立を回避している=平和で「いられる」というのは、>2の後段のご指摘通りと思います。
そして、そのことそのものは、別に悪いことだとは思いません。逆に、平和でいる場所に「それは理想と違うからおまえら対立すべきだ、摩擦を起こしてでも上位の平和の達成に寄与するべきだ」と、ミクロな平和を蹂躙した場合でも、上位の大目的の達成という理念があれば、許されるということでしょうか?
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板