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女帝問題

56ヤスツ ◆0lcRIkF0ks:2006/02/24(金) 02:37:57
>>55
権力と権威は別のものとしてお考えになったほうがよいかと思いますよ。

皇室に求められるのは権威。
そして、その権威を利用して成り立つのが権力。
皇室の権威が権力の後ろ盾になってきたのは、今日に昨日に始まったことではありません。
明治時代も江戸時代も鎌倉時代も室町時代も、ずっとそうです。
そして、近代でもっとも権力を持っていた天皇は明治天皇と言われていますが、その明治天皇
も(昭和天皇も)、名目としての輔弼者(大臣たち)に権力があるのであって、天皇自身にあるの
は権威のみです。そこのところお間違いなく。
今も昔も、天皇に【権力】はないのです。権威があるだけで。
それ故に、皇室から権威までをも引きはがしてしまうのは危険なことと思います。
権威と権力の区別が付きにくい人が増えているのだとしたら、それもまた問題かもしれません。国語力の。

皇室の「顕彰」の意義ですが、皇室の存在意義は戦後発布された日本国憲法では「国民統合の象徴」
とされていますね。友引さんは、皇室に「国民とともに悲しむこと」は求めておられるようですが、
「国民とともに喜ぶこと」はいけないというのですか?
顕彰というのは「褒めてつかわす、褒美を取らす」という意味ではありません。
皇室のそれは「一緒に喜ぶ」です。
可能なら全ての国民にとっての喜ばしい行事に参加したい/していただきたいところでしょうけれども
それは現実的ではありません。ですから、自治体の招聘による記念行事や、能力秀でた才人が
技を披露するところに、「国民の総代として観客としてそこにいる」ということに意味が見出されるのだと
思います。

顕彰=褒美=金だとか、選手や演奏家への直接的・具体的な支援は、行政が考えるべき問題でしょう。
皇室はそうした政治から切り離されることが定められているわけで、「一緒に楽しみに、喜びに、悲しみに」
行くこと以上のことはできないことになっています。
地位の向上、能力の向上ではなく、その成果を分かち合うのが、「国民の象徴」「国民の総代」としての
皇室の仕事であり、友引さんが仰るようなことを求めるのは違うと思います。
これも、「権威と権力」を取り違えた結果の勘違いであるかもしれません。

宮家の行事参加公務は、元々は天皇の行幸の代理行為なんですよね。
天皇が方々に出向くようになったのは明冶以後ですが、これが「記念行事」「視察」などのような、
慰撫・慰労・顕彰が多くなっていったのは現憲法になった戦後以降ではないでしょうか。それ以前にも
天皇による行幸はありましたが、行事の種類・量が多様化したことが、現在の「天皇の代理としての
宮家の公務の増大」になっているのだと思われます。

喜びの増加、悲しみの増加、励ましの増加が、宮家の公務を増やしているわけであり、それだけ
国民による活発な活動が行われていることの証左でもあるかもしれません(慰撫は別)。

また、戦後の「開かれた皇室」というスローガンが公務を増やしている側面もあります。
戦前まで、皇室が何をしているのかというのは、「国民」ではなく「臣民」だった我々には
わからなかったわけですが、戦後になってからの皇室は「開かれた」というスローガンに
応えるべく、かなり積極的に様々な行事(国民の招き)に応じていますね。
そうした「国民が皇室を招く記念行事」というのもまた、「皇室の権威」を招聘している
というものでもあるんですよね。桜の木を植えました、皇室が植えました、というと、それだけで
「ああ、枯らさないように大切にしなくちゃ」という気構えを起こさせるし、「ありがたいから、
大事にしなくちゃ」という口実をも作る。
【健全に機能する権威】というのは、そのような形でも発露されていくわけで。
皇室という権威の存在が、「コトに対する気構えを律する」という効果を生み出すわけですね。

そんなわけで、「遊んでないで金をくれ」とか「税金で食わせてやってるのにあちこち遊び歩きやがって」
という誤解をお持ちの方も多いかもしれませんが、そこのところは皇室の努力ほどには、
皇室の意義が理解されていないということの現れなのかもしれません。


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