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女帝問題

131ヤスツ ◆0lcRIkF0ks:2006/03/15(水) 09:38:08
>>124
明文化されていたかいないかの問題だけで、1868年以前も天皇の位置づけはそれ以後と実は大差ないんですけどね。
明治期、名目としては「天皇主権」「国務大臣は天皇の執政の輔弼者」という位置づけですけれども、実質的には明治期は明治維新の功労者が国の基本を作った後、自由民権運動が起き(これは1945年以降のことではないですよね?)、段階的ではありますけれども、国民の投票による議会もできていたはずですが。

歴史の裏打ちという言葉の意味を理解できていらっしゃらないようなんですが、それが「政治的な嘘」であろうとなんだろうと、その時代に「満州国があった」という事実は変えられないわけですが。
満州国の話はどうせ脱線していくと思いますのでここまでとします。
壇君神話について言えば、それも彼らの「歴史」だということでしょう?自己申告の。

で、日本には自己申告+調査と資料に基づくものもあるのですが、それは日本でだけは認められないんですか?(^^;)
そして「自国の歴史をどう捉えるか」が各国の自由であるとするなら、日本にもその自由の権利はあると思いますけど。

そして、皇室=日本の歴史で間違いではないと思いますよ。
というのは、日本という「地域」に、部族社会も含めて社会秩序が建設されはじめ、地方政権同士の対立などを経ながらも「統一政権」または「中央政府」の形を為して、日本が「地域」から「一定の社会秩序」の名前に代わり、そこから「歴史」が始まるわけですよね。日本としての。
そうすると、友引さんがこだわっていらっしゃるのは「日本(列島)にまだ恐竜がいたころは天皇などいなかった」であり、私や大神さんやRaさんが主張しているものは「社会体制として、社会秩序の名前としての日本は、天皇というヒエラルキーの出現によって認知された」ということだと思うんですが。
つまりは、「日本という社会秩序」の原初の段階には天皇という存在があるわけです。
もちろん、神武天皇やそれに続く初期の天皇の多くは、個人名ではなく部族名を表すのかもしれないし、少なくとも「一個人が200年近くも天皇を任じていた」というのは私も文字通り受け入れるつもりはありません。
天皇の記録というのは、時代の勝者(後年、中興期の天皇やその眷属)が記した「勝者にとって都合のいい記録」であったかもしれません。
が、それとて「天皇が時代の勝者」「社会秩序の建設者の代名詞」であったことを記す「歴史の記録」でもあるわけです。
そして、少なくとも大和朝廷の時代には天皇という秩序は実在していたわけで、それ以後の日本の「社会秩序の歴史」には、天皇の存在を抜きに語る事はできません。

でも、天皇の存在を抜きに日本史を教えようとすると、なぜ現在の天皇が今の地位にいるのかが理解できなくなるんですよね。
戦後教育では日本史はかなり変な教えられ方をしているのかもしれません。実際、終戦から後って高校の日本史ではあまりやらなかった気がするし。
それまでの天皇の「ときの権力者に担がれる権威」というものについて、今はどうなっているのかについては1945年以降は教科書に出てこないんですよねえ。
ときの権力者が元勲や軍人でなくなり、真に国民主権になったといいたいのであれば、国民自身が天皇の権威を担いでいるということをきちんと教えるべきなのでしょうが、それをきちんと教わることなく大人になり子供を育てる(育て終わる)年齢になってしまった人々が、「天皇の価値がよくわからないので、自分はどうでもいい」という結論になるのではないか、と危惧しています。


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