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靖国問題について考える

904上田 勝:2006/09/05(火) 06:52:20
>>886

>例えば、上田さんは「前にもあったがどうしたのだろう」は前のページ
>の文調に比べれば違いがあるのはお分かりになられると思います。

そんなに気になりませんけどね。日経新聞の連載記事には4.28以外の日付に
ついても紹介していますが、親しげに会話されている部分もあり、硬軟とり
まぜて記述されてますね。同じ88年の4月16日の部分をちょっと引用して
みましょう。

 (富田)「今週一連の人事で拝謁に今日まで出ませんでしたが、何かご不自由は」
 (天皇)「忙しいであろうから、特に不便という程ではないが、あれこれも多少あるのでね」
 「只今多少のことをやっているというものの、以前とは大部控えている。弟たちのように太く短くがいいのか。高松(宮)さんはそう短くなかったが。細く長くがいいのか、考えることがあるよ」
 (富田)「国民は先の大戦のご対応始めについて陛下の御苦慮と大事の折りの明晰果断なご苦労を承知しており、既にお太い、太く長くお願い申し上げます。弱気なお気持ちに決しておなりになってはいけません」
 (天皇)「そうか、そうか」

()書きの部分は日経が入れた注釈と思われますが、親しげな様子で話されている箇所は
他にも多く散見されますね。

>「脈絡」:(前と文調が変わっている。大体、そもそも前の語調から考えたら
>「どうしたのだろう」ではなくて「どうしたのか」のような語調に
>なるはずでしょう?)

細かいですねぇ(笑)。文調よりも中身の方が大事だと思うんですけどね。
脈絡、つまりはストーリーを読み込んで理解しているのかということですよ。
文調がどうであるか、敬語を含むか否かというのはこれは主観的な問題です
からね。大神さんがどういう主観で読み解くにしても、これはもう大神さんの
自由ですから、私としては大神さんと私のこれまでの議論を、読む人が客観的
に判断してくれればいいことだろうと思っていますよ。

富田長官が最後までこの日記や手帳をどうするつもりだったのかは今となっては
わかりません。入江日記のように出版されることを望んでいたのか、それとも焼却
しようとして悩んだ末に後世に判断を委ねようとしたのか。ある皇室担当記者の証言
では「お棺に入れて焼却してもらうつもりだ」と述べたことがあったそうですが、
しつこく食い下がる記者を追っ払うために言った言葉かもしれませんしね。

いずれにしても富田長官は罪なことをしたなぁと思いますね。出すなら出すで
もう少し整理してくれていたらよかったんですが(笑)。




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