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誹謗中傷って、何?

608味噌煮込みヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2004/10/22(金) 06:04
>>600

まさにそれ(=被差別感は主観の問題)だと思います。

ですから、被差別感を感じた人が、「個人として被差別を感じた」と、【その都度】、相手に直接抗議をするという行動は理解できます。
抗議を受け入れるかどうかは、被差別感を感じたという人が、「差別をした」と名指しされた側と対話をする気があるかどうかで、決まる部分も大きいでしょうね。

抗議が一方的な場合は、こじれます。
また、抗議が「他の人も同じように考えているに違いない」という予測的な観測を伴った拡大の傾向を持つと、やはりこじれます。
「個人では聞き入れてもらえないから、シンパを集め、組織として抗議するのだ」というのは、逆にこの点を「解決が難しく、憎悪を対立を激化させる」方向にシフトした解決策なのだろう、と思います。

>>601,602

です。
このあたりは、すでに同様の内容を前述していますので、同意に留めます。

>>603

この問い「メジャーな常識は待ったをかけるべきもの」に対する吉岡さんの回答には私も興味があります。
「全員が同じ考えを持つことは全体主義的で、個人の感性を踏みつぶすもので恐ろしい」というひとつの正論があります。
その一方で、「できるだけ多くの人が一致団結して物事に取りかかれば、対立や衝突を回避して集団の意志決定ができる」という別の正論があります。
これはどちらも同じ事象、同じ行動に対する異なる評価でしかありません。
が、「自分は少数派に入ってしまったから、多数派は少数派を配慮するか、多数派が少数派に道を譲らなければならない。そうでなければならない」とする考えに走り、それにまた「正義」「善意」「弱者救済」という錦の御旗を巻き付ける御仁も少なからずいらっしゃいます。

「社会生活を円滑にしよう」、「個人の活動に対する容認を受けよう」という二つの一見して対立するような項目があった場合に、状況によってはどちらか一方の優先順位を高く設定しなければならない、またその順位が時と場合によって入れ替わることも承知しております。
「個人の」または「少数派の」主張が、「社会の」または「多数派の」主張をも覆すことが許される特例というのがあれば、それこそが「差別を理由に、弱小少数の個人が、企業や社会に対して自分の意見を押し付けることが許される」というケースかと思います。
しかし、その特例は、私には「直接的な生命の危機」「経済上の危機」以外には、少し思い当たりません。

「精神的に辛い思いをした」が、経済的な損失はなかったのなら、別にそれはそれでいいのでは?
「精神的に辛い思いをした」ことを、相手に訴えるための手段が「損害賠償」しかない場合に、「金銭的要求」と「金銭を伴わない謝罪の要求」と、本質的にはどちらを求めているのでしょう?
また、金銭を伴わない、「謝罪」については、相手の真意を一体何で測るのでしょう? よく「日本はこんなに謝罪をしている」「日本は謝罪がまだまだ足りない」という議論がありますけれども(これは日中戦争及び日韓併合についての中朝韓の意見)、謝罪という数値化されない方法では、有罪となった側は「無限の服従」を求められるのと同じになってしまいます(量刑は被害者が決められるわけだから。どこまで謝罪したら許すのか、とか)。
それを回避するために、「賠償を金額に換算する」というのが民事解決の原則なのだとは思いますが、司法に訴えて仲裁を測る限りは、「金で解決」「金に換算」というところからは離れられないわけで。

まあ、話が拡散してしまいますのでここで切りますが、難しい問題ですね。




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