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売買春の是非について語れ!
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>>383
>どなたかが言っていましたが、貧乏人は死ね、でしかないでしょう。
占領軍に慰安婦を・・・のスレの出発点が貧困と飢餓問題であり、
「貧乏人は死ねというのか」にも、たくさんのレスがついたのですが、
まだ解決できていないようですね。
「貧乏人は死ね」というのは無慈悲ですね、確かに。
ではその代わりに「腎臓をひとつ買ってあげるからその金で食べろ」とか
「性を買ってあげるから、食べていけるね」ということは、慈悲深いのでしょうか?
そんな痛々しい身体を買って、楽しめる(人助けをしているとすら思う)精神構造は
どんなものでしょうね?
なんとか粘り強く理解を求めていこうと思います。
男性売春を例に挙げておられるから、今回は女性が買う場合で考えて見ましょう。
あなたがある少年の性を買おうとしています。
(その少年の妹は餓死しそうです。『ほたるの墓』より少し年齢の高い昭如君の状況を設定してみたらいいでしょう)
彼は、母親ほどの年齢の女と交わることに、激しい嫌悪感を持っていますが、妹が死にかけていることを考えれば、そんなことは言っておれません。
幸い若い彼は、嫌悪感を持ちながらも、行為は可能です。
この少年が後にこの時の痛みを思い出しながら、どんな小説を書くのかは分かりませんが。
こういう少年を買って、あなたは楽しめるのでしょうか?
妹の命を救ってやれたと満足でしょうか?
そういう痛々しいことはできないといって、売買の席で「買わないがお金だけ恵んであげよう」というのは、相手を非常に侮辱することになるでしょう。
そうですね。
売買の席を作った上ではだめです。
解決の道といえば、買春はしない。
その代わり、飢餓状況に至るほどの貧困撲滅のためのカンパ活動をする。
あなたならそうすると思うのですが、どうでしょうか?
> 娼婦聖母説についても、キリスト教以前にギリシャの神殿の巫女の話なんか調べてみると面白いとも思いますが。
何を語りたくて「娼婦聖母説」というものを出して来られているのか分かりませんが
しばしば娼婦が母的なものとして語られることがあります。
母は息子のすべてを無条件に受け入れてくれる存在であると思われているようです。
娼婦も何の抵抗もなく無条件にすべてを受容するでしょう。
しかし娼婦に母的な慈悲を見るのは、金によって支配した側の身勝手な思い込みに過ぎません。
娼婦の母的なものは、母の受容とは違います。
それどころか、金の力によるその支配・被支配的な関係性こそが問題だと思うのですがね、私は。
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