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戦争と性−進駐軍慰安婦より

4ヤスツ </b><font color=#800000>(CnaUXqoo)</font><b>:2003/10/15(水) 00:05
>>3
もしかしたらと思うのですが、イカフライ女史が挙げているのは、「パンパン」だけではないかもしれません。
パンパンというと、「個人街娼」かな?という気がするんですが、私の解釈に間違いがあればどうか平にご容赦をm(__)m

で、手元の資料から、関係のありそうな箇所を抜き書きします。
「昭和日常生活史(1)〜モボ・モガから闇市まで(角川書店 1985)」からの抜粋です。

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1945/8/18 内務省、占領軍向け性的慰安施設設置を指令。
1945/8/27 最初の性的慰安施設・小町園開業。
1945/8/28 連合軍先遣部隊、厚木飛行場に到着、以後各地に進駐。
        ※米兵応対心得(女性向け)が発行される。
        一人歩きはダメ、、ウィンクに応じるな、人前で乳房や素足を出さぬこと
1945/9/5  京都で、女子のラッパズボン禁止
1945/9/7  【米兵の接吻の要求、身をもって拒絶】「横浜市中区の某銀行員宅に酒気を帯びた米兵二名が、銃器の捜索と称して侵入。在宅の主人とその妻及び長男に拳銃を擬しつつ、妻君に対して不法行為を敢てせんとしたが、断固として拒否・抗議し、主人もそれを阻止すると同時に大声で近隣に救援を求め、隣組もこれに応じて騒いだので、米兵は目的を達せず退散した。磯子区でも、某官舎の炊事婦が菓子などをもらって迫られたが、抵抗ののち大声で救いを求めつつ、窓から飛び降りて脱出。未遂に終わった例もある」(京都 新聞記事)
1945/9/9  米兵のギャング事件。
1945/9/11 回覧板で婦人に警告を発す。
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まず、内務省発令による「進駐軍向け慰安所」が、進駐軍到着以前に設置された」こと。
進駐軍到着後、「米兵による性犯罪が多発した」こと。
進駐軍向け慰安所の設置と同時に「一般の女性に対して、米兵に隙を見せない注意が発せられている」こと。
このあたりを勘案しますと、慰安所の設置は、「一般市民の女性に対する、米兵の行為を牽制、抑止するための、政府による国民保護対策」と見てよいように思います。
>>3 柏葉さんの仰るところの、「一般民間人の女性が、兵士による性暴力の犠牲にならないように」するための、政府の施策と見るのがよいのでは、と。

もし、「慰安所を設置」だけだったり、「慰安所を設置。さらに女性は何をされても抵抗しないこと」というおふれが出ていたとしたら、「女性を貢ぎ物として売りつけた」という誹りを免れませんが、「多数の市民の女性を保護するために、職業慰安婦を用意して性犯罪の抑止に努めた」のだったら、一概に「政府に売られた」という評価はできないでしょう。

売春については、泥棒と並んで人類最古の職業ということで、「必要な職業」というのが私の認識です。
その意味では、赤線廃止→売春の非合法化によって、政府による監視/管理が行き届かなくなったことが、地下売春、素人売春、未成年売春(援交)の温床になっており、その後の性風俗の乱れの根幹原因になっているのではないかと思います。
オランダみたいに合法化→登録制にして完全管理してたら、また違った展開になっていたかも。
アメリカの禁酒法時代に、非合法になった「酒」を巡ってマフィアの暗躍やブラックマーケットの発達があったように、「欲求の強い嗜好品」を非合法にすると、それを求めた地下市場の発展と、管理不能な(特に病気を伴う)状態が作り出されるだけなのでは……と痛感します。

ややスレ違いになりますので、このへんにしておきますが(^^;)。

もし、内務省が慰安所を設置しなかったら(つまり、すべてを個人街娼に任せる、もしくは一般女性の自由意志に任せていたら)、もちろん、慰安所だけで全てをまかなえたとは言いませんが、性犯罪被害、性病の蔓延、混血児問題は、「あんなもん」じゃ済まなかったでしょう。




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