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戦争と性−進駐軍慰安婦より
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このスレッドは、立てようか立てまいか、迷ったのですが。
別の掲示板でこんな話が出ました。
終戦直後(これは、日本の戦後です)米軍が日本に駐留し、その際に、治安悪化、特に、基地周辺での女性に対する性的暴力が頻発しました。
この対策として、当時のお偉いさん達が、そういう商売を生業としていた女性たちを集めて、基地周辺に米兵の為の慰安所を作りました。
それによって、といえるかどうかは、断言できませんが、一般女性への性暴力は減り、敗戦国としては、かなり治安は守られた。
また、それによって日本に流れたドルは、戦後復興の一助にもなったかもしれません。
マクロでみればそうかもしれませんが、実際にそれ(米軍相手の慰安婦)に従事した女性たちの中には、性病を煩ったり、望まぬ子供を身ごもった女性も少なくないでしょう。
数々の悲劇はあったと思います。
けれど、この方法によって、多くの女性が守られた、ということも事実でしょう。
こういった内容でした。
私は、当時としては、そうするしかなかったと思います。
軍隊において、特に戦時に於いて、こういった問題は、おこりがちです。
従軍慰安婦問題をそうですし、ベトナム戦争の時にも、米兵とベトナム女性との間での問題がありました。
戦争ではないですが、カンボジアでのPKOでも、同種の問題がありました。
戦争と性、答えの出る問題ではありませんが、これについて、考えたいと思います。
いろいろなご意見、お願いします。
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まず、資料を当たってみることにします。
終戦直後くらいの風俗史の本を持っているのですが、(本棚スレにも出てますが)なかなか全部目を通す暇がないので(^^;)
しばしお時間をいただきたいと思います。
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>>1
ここに出ているのは、いわゆる「パンパン」のことですね?
これに政府が関与しているかどうかは知りませんが、確かに彼女たちが米兵の性欲を一身に受けていたおかげでというのは、あるかも知れません。
私の祖母も、銭湯に行ったら肌の黒い子供を連れた母親がいたとかなんとか言っていましたし。
で、本題ですが、これは仰るとおり仕方ないと思いますよ。
特に戦争で兵士となる男は、性衝動の最も激しい二十代がほとんどですから。
昔から戦争に性暴力は付き物で、全くなかったってのはまずないと思います。
どんなに厳しく取り締まっても、隠れてしたりする奴は後を絶ちませんから。
若き性衝動を理性で抑えるのは難しいというか、完全に抑えるのは無理でしょうね。
これは本能に直結しているものですので。
まあ、ソ連軍あたりは士気高揚のためか知りませんが、むしろ煽っていたような節もありますけど(スターリンがやれといった話も)。
ベルリンや満州での出来事は、戦争とはいえ、あまりにも常軌を逸していますからね。
で、やや話は変わりますが最近、例の金完燮氏の最新刊「日韓 禁断の歴史」(小学館)を読んでいるのですが、この中で彼は慰安婦制度マンセーしています。
兵士による性暴力を抑えるには、これしかないと。
まあ、慰安婦が国家に対する女性の奉仕とか何とかは、ちと行きすぎの感もありますが(w
ただ、私も実際、これしかないと思いますね。
米軍は自前の慰安婦を持っていないから、あちこちで問題を起こしているという主張も、あながち的外れではないかと。
また、旧日本軍は古今東西類例を見ない、相手国の国民を思いやった先進的な軍隊であるとまで主張していますね。
なるほどとは思いますが。
とまあ、こんな事を書いていたら、例のT女史あたりが怒るかな?
女 性 の 人 権 侵 害 だ !
ってな感じで(w
ちなみに私自身は、売春は必要悪であるという認識ですけど。
ただ、素人がやるのはダメですね、性病蔓延のおそれがあるから。
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>>3
もしかしたらと思うのですが、イカフライ女史が挙げているのは、「パンパン」だけではないかもしれません。
パンパンというと、「個人街娼」かな?という気がするんですが、私の解釈に間違いがあればどうか平にご容赦をm(__)m
で、手元の資料から、関係のありそうな箇所を抜き書きします。
「昭和日常生活史(1)〜モボ・モガから闇市まで(角川書店 1985)」からの抜粋です。
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1945/8/18 内務省、占領軍向け性的慰安施設設置を指令。
1945/8/27 最初の性的慰安施設・小町園開業。
1945/8/28 連合軍先遣部隊、厚木飛行場に到着、以後各地に進駐。
※米兵応対心得(女性向け)が発行される。
一人歩きはダメ、、ウィンクに応じるな、人前で乳房や素足を出さぬこと
1945/9/5 京都で、女子のラッパズボン禁止
1945/9/7 【米兵の接吻の要求、身をもって拒絶】「横浜市中区の某銀行員宅に酒気を帯びた米兵二名が、銃器の捜索と称して侵入。在宅の主人とその妻及び長男に拳銃を擬しつつ、妻君に対して不法行為を敢てせんとしたが、断固として拒否・抗議し、主人もそれを阻止すると同時に大声で近隣に救援を求め、隣組もこれに応じて騒いだので、米兵は目的を達せず退散した。磯子区でも、某官舎の炊事婦が菓子などをもらって迫られたが、抵抗ののち大声で救いを求めつつ、窓から飛び降りて脱出。未遂に終わった例もある」(京都 新聞記事)
1945/9/9 米兵のギャング事件。
1945/9/11 回覧板で婦人に警告を発す。
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まず、内務省発令による「進駐軍向け慰安所」が、進駐軍到着以前に設置された」こと。
進駐軍到着後、「米兵による性犯罪が多発した」こと。
進駐軍向け慰安所の設置と同時に「一般の女性に対して、米兵に隙を見せない注意が発せられている」こと。
このあたりを勘案しますと、慰安所の設置は、「一般市民の女性に対する、米兵の行為を牽制、抑止するための、政府による国民保護対策」と見てよいように思います。
>>3 柏葉さんの仰るところの、「一般民間人の女性が、兵士による性暴力の犠牲にならないように」するための、政府の施策と見るのがよいのでは、と。
もし、「慰安所を設置」だけだったり、「慰安所を設置。さらに女性は何をされても抵抗しないこと」というおふれが出ていたとしたら、「女性を貢ぎ物として売りつけた」という誹りを免れませんが、「多数の市民の女性を保護するために、職業慰安婦を用意して性犯罪の抑止に努めた」のだったら、一概に「政府に売られた」という評価はできないでしょう。
売春については、泥棒と並んで人類最古の職業ということで、「必要な職業」というのが私の認識です。
その意味では、赤線廃止→売春の非合法化によって、政府による監視/管理が行き届かなくなったことが、地下売春、素人売春、未成年売春(援交)の温床になっており、その後の性風俗の乱れの根幹原因になっているのではないかと思います。
オランダみたいに合法化→登録制にして完全管理してたら、また違った展開になっていたかも。
アメリカの禁酒法時代に、非合法になった「酒」を巡ってマフィアの暗躍やブラックマーケットの発達があったように、「欲求の強い嗜好品」を非合法にすると、それを求めた地下市場の発展と、管理不能な(特に病気を伴う)状態が作り出されるだけなのでは……と痛感します。
ややスレ違いになりますので、このへんにしておきますが(^^;)。
もし、内務省が慰安所を設置しなかったら(つまり、すべてを個人街娼に任せる、もしくは一般女性の自由意志に任せていたら)、もちろん、慰安所だけで全てをまかなえたとは言いませんが、性犯罪被害、性病の蔓延、混血児問題は、「あんなもん」じゃ済まなかったでしょう。
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