レス数が1スレッドの最大レス数(1000件)を超えています。残念ながら投稿することができません。
サイド6〜政治・思想については一切発言してはいけないスレ
-
あけましておめでとうございますm(__)m
今年もよろしくご鞭撻のほどをお願いしますm(__)m
本日二日より仕事始めです(つД`) 正月、短かったなぁ。
しばらくは仕事始めの準備その他でばたつきますので、本格復帰はもうしばらく先です。
で、雑煮。
江戸の雑煮、と言いましても「江戸」もいろいろでして、今の「東京」は当時の「江戸」より相当広がっています(^^;)
ですので、厳密な意味での「江戸の雑煮」というのは、「東京の雑煮」よりももっと狭い地域のものを指します。
まず、江戸城及びその周辺、恐らく朱引の内側あたりが「江戸」に入ると思いますが、この「朱引の内側の江戸」の雑煮は、
角餅を焼いたものを碗に入れ、餅は煮込まず、出汁は鰹と昆布、具は小松菜と蒲鉾と三つ葉。
鰹は「勝つ魚」で戦に勝つ。昆布は正月定番の「喜ぶ(よろこんぶ)」で縁起物。
小松菜は元は三河遠州の特産でして、徳川の直参が江戸に入ったときから、「三河時代の苦労を忘れないために」と、直参旗本が自分の屋敷の敷地内で育てたのが江戸に持ち込まれた始まり。なので、旗本の雑煮に小松菜が入ったのが始まりと言います。
蒲鉾は「ガマのホコ」(本来は竹輪の名前だったそうです)で、「いつでも出陣できるよう(手柄を立てられるよう)に鉾を持て」で、三つ葉は「三つ葉葵」で、徳川将軍家の紋を表しており、「上様(徳川幕府)の城下町、直参のお膝元の心意気」だそうです。
で、このあたりが「朱引きの江戸雑煮」のスタイルと思われます。
「小松菜+鳥(鶏)で名取りの雑煮」というのもありますが、町人や貧乏旗本だと鳥が蒲鉾に変わったのかも。どっちにしても洒落です。
鶏肉(かしわ)とニンジン(かざりニンジンだったりしますね)が入るのは、武州の雑煮で、今の八王子、日野など甲州へ向かう街道沿いがこれに当たります。
このあたりの雑煮のスタイルは、現在の東京西部に割と多いみたいです(が、東京というのは入植混血の多い土地ですので、「祖父祖母」の代の雑煮を聞いてみないと、原型にはたどり着きづらいでしょう)。
東京西部が入植混血を繰り返したのと同程度に、埼玉も入植混血が多く、武州多摩の雑煮に近いものを戴いているところが多いようです。
大雑把に分けると、名古屋あたりから東は「四角く伸ばした伸し餅を四角く切った切り餅を、焼いて使う」雑煮です。
名古屋以西は「丸めた丸餅(関東の人にわかりやすく言うと、小さいお供え餅の上の段)を茹でて(または煮込んで)使う」雑煮。
これが九州に入るとまた「伸し餅を切る。しかし、焼かずに煮る」になるそうです。
同じ関東でも、上州のほうに行くと、「切り餅を焼き、鍋に入れてさらに煮溶かしてから碗によそう」になります(これは東海の一部でもそう)。
ただし、「伸し餅を切った餅」といっても、関東のように「薄くのばして格子に切る」という切り方もあれば、東北や九州の一部のように「枕状にのばして、蒲鉾のように切る」という切り方もあり、千差万別です。
出汁と具はキリがないので端折りますが、汁についてちょっと言うと、東海〜関東は基本は塩〜醤油の澄まし仕立て、名古屋以西は味噌仕立てで、京、大阪など近畿、中国地方は「白味噌仕立て」だったかと。
なので、「汁」と「餅の使い方」を聞くと、だいたい出身地がわかります(もちろん、例外が数限りなくありますので、百発百中とはいきません(^^;))
うちの実家は、「昆布出汁に具は白菜のみ、餅は焼いた角餅を鍋で煮てよそう」という、伝統もへったくれもない由来不詳のシロモノでした(^^;)
|
|
|
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板