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サイド6〜政治・思想については一切発言してはいけないスレ
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これに対してイギリス製コメディというのは、同じイギリス国内の需要を満たすために作られてはいますが、国内事情がアメリカとは異なります。
イギリスというのは、イングランド・スコットランド・ウェールズの連合王国なわけですが、まずこの「3地方(国)同士の歴史的な対立と相互差別」があり、さらに上流・中流・下流という徹底した身分差別があります。産業革命によって区分されたスラムの人々と、没落したとは言え未だ健在な貴族・王侯の人々が、同時に存在してるわけです。
また、ヨーロッパの有力国の中では唯一の島嶼国家であるが故に、ヨーロッパ各国に対する「優越感」と「差別意識」もあります。
そのくせ、「勝ったんだか負けたんだかわからない戦争(二次大戦やアメリカ独立戦争のコト)」に関連した、新世界(アメリカ)への近親感と悔しさもない交ぜになっていて(笑)、意地でも「負け」を認めたくなかったり。
そういう「国が持つ性格」が、コメディにも現れているのだと思います。
イギリスのコメディ映画では、観客がスクリーンにツッコミを入れるための時間が用意されていることが多いです。
日本で言えば「間(ま)」ですね。
最近は、日米英とも「ここで笑ってほしい!」というところで、観客の笑い声をSEで入れたりしますが(発祥はアメリカらしいんですが子細は不明)、普通そのSEの直前に「主人公のボケを、誰かが指摘する」というツッコミがあって、ツッコミによって完成されたギャグを、観客が再認識して笑うための時間として用意されてるわけですよね。あのSEは。
ところが、ここからが米英のコメディの差なんですが、米式コメディは「SEを入れる前に、ボケにツッコミが入る。さらには、SEの笑い声が続いている間に、次のボケ、次のツッコミを畳みかける(ギャグの連続性)」がある。
英式コメディでは「SEを入れる前にツッコミが入らない。または、SEが入らないことすらあるが、観客が突っ込んで笑うための間が用意されている。ギャグは無闇に連続しないか、連続したボケ全体で一個のギャグと捉える」という感じでしょうか。
米英の最大の違いは、「観客がツッコミを入れるかどうか」にあると思います。
最初に述べた「米式=自己完結型」は、観客がツッコミを入れなくても、映画の登場人物や監督(カメラ・字幕)がツッコミを入れてくれるので、観客は笑いの要素に無知であっても笑えるわけです。はっきり言って親切で過保護です(笑)。
対して「英式=完結に他者を必要とする型」は、それがギャグだということに気づくためには、観客自身の努力(カンの良さ、観察力、知識、ウィット)などが必要になります。
英式コメディが「皮肉」に見えるのは、「穿ったギャグや差別的ギャグ」が多いからでもありますが(^^;)、これらは「知識と観察力」を激しく要求されるから成立するギャグなわけで、例えば「差別されていることに観客が気づかなかった」ら、それはギャグではなくなってしまうわけですナ。
また、英式コメディは激しく自虐的(いじめる対象は、他人だけでなく身内にも及び、自分自身ですら差別する)。
米式コメディは、絶対に傷つかないリード役がいたりする(ポリス・アカデミーのマホーニーみたいな)こともあります。そこも違いかも。
英式の「わかる奴(知識があり、カンが鋭く、観察力がある)にしか笑えないギャグ」というのは、わからなかった人にとっては、「なぜそこで笑える!?」と妬ましくもあり、またギャグというのは「説明されても面白くない」わけで(笑)、笑ってる人に解説されてもおもしろさ半減なわけで……(^^;)
よく観察しないと笑えず、知識と笑いを直結させるカンの良さがないと笑えない英式は、万人向けの米式に比べると「アイロニー」に満ちてお高く止まっていやがる、と思われがちなのかも。
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