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「愛国心」について

17○○番長:2003/07/03(木) 00:19
皆様初めまして。しろ管理人のサイトで遊んでいます○○番長でございます。
盟友(?)のしろが参戦したと聞き及び、不肖○○番長も遅ればせながら参加致します。今後とも宜しゅうに。

>>5
武蔵はん初めまして。横レス失礼します(謝
君が代の歌詞が先代天皇の挽歌と書いてはりましたが、それは元々挽歌としてこの歌が詠まれていたとゆうことなんでしょうか?それとも昭和天皇ときは葬送歌として歌われただけなんやろうか?
僕の知る範囲では、新古今和歌集にある『わがきみは…』とゆう歌が元ネタで、祝いの席なんかで歌われてきたらしいんですが。あんまりええソースおませんわ。
http://www.bigai.ne.jp/~miwa/miwa/kimigayo.html
昭和天皇の挽歌として歌われたとゆうのは僕も知りませんでしたが、歌詞に弔いの意味を読み取れませんし、むしろ祝いの歌と解釈するのが素人目には自然に写ります。


>国を愛するなら、過去に恥かしい行いをしたとしても、
>それをきちんと自己批判して新しい国を、恥じることの
>ない国にしていく・・・
>そういう生き方は個人にも国にも共通するものではないかと思います。

こうゆうケジメのつけかた、またそれを何らかの徳目と見る考え方に、僕はいささか違和感を覚えます。
まず自己批判といっても、自分のことを一体どれだけ正確に把握し、批判の対象にし得るのか?と懐疑的です。人間とゆうものは、批判して自らの利益になる所しか俎上に乗せないのではないでしょうか?本当に言い訳の仕様のない悪事に関しては口を噤むものだと思います。また自己批判は必ずしも苦痛を伴うものではなく、道義的ヒロイズムが好きな手合いにはむしろ快感といえるかも知れません。
次に武蔵はんのゆわはる身の処し方が、個々の人間にはそれなりの正当性を持つとしても、国家に対しても妥当だとは思えません。対外的に国家が詫びるとゆうことは、何か悪事を働いたと受けとられます。悪事を働いた限りはそれなりの賠償をせねばならないでしょう。莫大な金を要することも有るし、政治・軍事的に制約を受けることにもなりかねません。それはあまりに危険な火遊びやと思います。

初登場でいきなり突っかかってすんまへん。ただ疑問はきちんと相手にぶつけることは、相互理解の仕方としてベストであると自分の経験上感じますので、こうゆう反論調となってしまいました。

反論・批判をこそ歓迎いたします。


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