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反・反戦派の方々へ

530露夢虫:2003/06/29(日) 13:54
>>522 >>527-529
ぼーんさん、
お返事ありがとうございます。>>522 に基づき、「ぼーんさんの主張」に付け足しました。

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ぼーんさんの主張:
何かを訴える者は、まず訴えの内容が正当である「必要」があって、どのような「方法」を取るかは、個々の自由である。
(ただし、方法の「正当性」については「別の話」。)
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しかし、ぼーんさんは、別の所でこのようにも言っています。

>運動家はそうした言い方を考える「べき」なのか。
>運動家はそうした工夫をする「べき」なのか。
>これについて、僕がその運動家ならこう答えます。
>私は、より賢い言い方で言う「べき」だ。
          (「αに軸足をおいて考える」スレ 58)

これは、私の言っていることと、立場は違え同じなんですが…
私は武蔵さんと、個人的なことも含めての「価値観の違い」について話しています。従って我々は「運動家」ではないけれども「当事者」である訳です。

しかし、「怒るのが精一杯」の人々もいるのだということを鑑みれば、ぼーんさんが指摘されたように、「全ての場合に「より賢い」方法を取る「必要」がある」というのは、当てはまらないかもしれません。
そのような立場にいる人々も考慮して、私は次のように言い換えます。

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私の主張:
何かを訴える者は、その「目的」に応じて「方法」を選択すべきである。
そして、その訴えを相手に理解してほしい、尊重してほしいと願うならば、出来うる限り「相手に伝わるための方法」を研摩し実行してゆく「必要」がある。
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自分の中にある「恥の思い」を克服するために「怒り」の声をあげる人は、その「恥の思い」の克服が「目的」ですね。また私は「何かを訴える以上、相手に分かってもらうのが目的なのは、当然ではないか」と思っていたのですが、そうでない人もいるかもしれないことに気付きました。
従って、『「目的」に応じた「方法」を選ぶ』と言い換えました。

なお、ここでは私は「訴えの正当性」は問題にしていません。何故なら私が武蔵さんと話しているのは、「価値観の違い」についてだからです。
ですから例えば、とても小さなこと、「私はイワシが好きなんだ」みたいな訴えを、青魚を嫌悪するアメリカ人に気持ち悪がらずに認めてもらうような、そんな小さなことの訴えも含まれているからです。「イワシが好きか嫌いか」に「正しい」も「間違い」もないのです。
私は、こんな小さな「違い」でも説明するように努力していくことが、「大きな価値観の違い」を双方が理解し尊重する上での、小さいけれど大切な一ステップになるのではないかと思っています。難しいことですが…




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