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反・反戦派の方々へ
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>>512
露夢虫さんの善意を疑っていません。
しかし、「必要がある」という言い方は、ちょっと見過ごせないんです。
これは、「言葉のアヤ」なんて小さい意味じゃないんですよ。
少なくとも僕にはそうは思えません。
> 「必要がある」という「一言」によって、「全て」を「断定」する前に、「〜ではありませんか?」
> 「〜という意味ですか?」と、確認を入れられれば、今回も、時間のムダを防げたと思いますが…
冷たいようですが、「必要がある」という表現は、「必要がある」という意味にしか取れません。
「**達成のために++が必要である」
と言うことは、
「++がなければ**は達成されない」
ことを意味します。そうとしか読めない。
露夢虫さんの意図が違っていたのだとすれば、だからこそ、ここでのこの表現はマズイと思います。
また、次の箇所からも似たような問題を感じます。
> 徐京植さんは、
::
> といった、相手の理解を促す為の、伝える側の努力を怠らなかった故に、彼は2〜3どころ
> か、おそらく1〜4全てを達成できたと思うのです。
どうでしょう?何も引っかかりを感じませんか?
次の記述も気になります。
>>504
> 徐京植さんが、「今足踏んどるやろ。痛いやんけ!どけんかい!!!」と言いっぱなしだったと
> したら、武蔵さんはあれほど感動されなかったと、私は思います。
徐さんは、別に我々を感動させるために語っているわけではない。
我々に、他者の抑圧の問題を自分の問題として考えて欲しいから、ああして語ってる。
そのときに、彼は自発的に(「自発的に」です)、話が上手く通るような語り口を考えるでしょう。
戦略的に。彼は彼にできる最善を尽くす。
しかし、彼のそのやり方「だから」いいのだ。といわれたら、徐さんは全力で否定するのではない
か、と僕には思われます。
たしかに徐さんの語り口は優れているのだろうけれど、「まずそれが話題になってしまうこと」
は、徐さんの本意ではない。と僕には思われます。
というのも、たとえば、彼の講演の中で、次のような話があったからです。
尹東柱という人の詩について。
「彼の詩に描かれている「創氏改名の悲哀」
しかし日本人は尹東柱は叙情的な美しい詩を書くから好きだという。
声を荒げて居丈高な抗議調の詩ではないから好きだという。
そこに断絶を感じる。善意であるだけに、そうじゃあないんだよとは言いにくい。」
なぜ、そこに断絶を感じるのか。そこを是非とも考えて欲しい。
同様のことは、彼の他の著作でも指摘されていたように思います。
こう考えてみると、徐さんの語り口の巧みさを誉めれば誉めるほど、徐さんの意図とは離れてい
くような気がします。いかがでしょうか?
武蔵さんにも尋ねてみたいのですが、この点、露夢虫さんが言うように「そういう言い方したら、
感動しなかった」と言われていますが、そこはそれで済まされて構わないのでしょうか?
> また「言葉のアヤ」について、謝らなければならないのですか?
前から気にはなっているのですが、この場で、誰に対してであれ、議論のやり取りの行き掛かり
の上で誰かの意見を受け入れたからといって、誰に謝らねばならない、ということはないと思い
ます。まして僕は被抑圧者として誰かを糾弾しているわけではないです。
僕は僕に分かる限りのことを、出来る限り最善の方法で述べるだけです。
「なるほど、そうか」で済ませてもらえればいいんじゃないかと思います。
別に、露夢虫さんを糾弾したいわけじゃないんです。やらないで済ませたいとすら思います。
僕が指摘しているような問題点は、かつては僕自身がやりつづけていたことですしね。
糾弾する資格があるはずもない。ただ、僕の目の前でそれが繰り返されているならば、
僕に出来る限り最善の方法でそこを指摘する責任はあるかな、と思います。
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