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反・反戦派の方々へ
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え-、よく晴れたゴ−ルデンウイ−クにネットに向かってるのもネクラなんですが、時間のあるうち、ということで。
今更ですが、反・反戦派、まあ、戦争容認派、反戦懐疑派、いいかたはなんでもいいんですが、の方々の主張は、まとめるとこんなところでしょうか。
1・戦争に賛同するわけでも推進するわけでもないが、無くす手段が無い以上、容認せざるをえない。
2・だから、反戦運動は、無駄である。
3・人間は利益、利害で動くものだから、関係無い他者がいくら死のうが関係無い。
4・もし戦争になって、自分や家族が死んでも、その時は、仕方ない。
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>>394
ぼーんさん
お返事、どうもありがとうございます。
>> 「基本的な理念を共有できないままの議論」は「反戦派」がしていかなければならな
>> いことだと理解しているのですが。
>> 相手を武力や暴力ではなく、対話によって納得させ合意を得るためには、基本的な理
>> 念を共有できない人達とも、話をしていかなくてはならないのではないですか。
>これはたとえば壱学生氏なんかが言っていたことであり、
>ヤスツ氏なんかも言っていたことですね。
そうですよ。私は彼等のこの主張に、一理ありと思っております。
>この要求自体を、僕は否定しています。そんな必要はない。
それもわかっております。ぼーんさんは、このスレで、それを何回も何回も説明されておられます。例えば、
>>83
>とりあえず、利己的ではない「他者と自分を等しい価値のあるもの」
>とみなすまともな人だけを相手にして、順番に説得してゆく。
>ある段階で、それが十分な多数派になれば、それで話は解決する。
>ある段階で、道義に従う多数派に暴力で立ち向かうことは却って損になる。
>「利己的」なら、そんなことはしない。
>というわけで、全員を説得する必要はないのだ。
>少なくとも、全員を説得する必要は「ないかもしれない」のだ。
>だから、他者を自分と同等には尊重しないというアホは、とりあえず相手にしない。
>後回し。
>そういう話をしているにすぎんよ。
私は今まで、ヤスツさんや壱学生さんの訴える方法が、武力によらず平和を解決するための唯一の有効な手段と思っていたのですが、ぼーんさんのおっしゃるこのようなやり方もあるのだなあと、初めて新たな可能性を見い出しているのです。
それはそれで一つの方向性と思っております。ですから、私は371の次の段落で、
>いや、「対話」というのは一つのやり方ですね。
>ぼーんさんは敢えて相手を挑発することによって、相手の無自覚を気付かせ、理解を促そうとしている。
>その効果の程についてはおいおい見えてくるでしょうが、明確な意図を持って、ある方法を選択するというのは、私はアリだと思います。
と書いていますし、372でも
>そういう意味で、私はぼーんさんの考える「国家というものを道義によって拘束するにはどうしたらいいか」についても、今後の議論展開に期待しております。
と書いています。
ただこの書き方では、私が、「αを共有できない人は横に置いといて、αを共有する人達だけで対話を重ね多数派を構成してゆく」というぼーんさんの方向性までも、「アリ」としているとは読み取れないですね。
これまでに何度も説明されたことを、もう一度私のためにわざわざ説明していただいて、どうもありがとうございました。
ところで、この掲示板は日本語が読めれば誰でも見ることができる公開されたものですが、このような場所を通じてαを共有する人達の多数派を構成して行こうとお考えですか?
それとも他に考えておられるのであれば、どのような方法が効果的と考えますか?
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426 続き
>> ここには「ただ反対することだけが目的で来ている」懐疑派は、ごくごく少数のよう
>> に見えますが…
>とおっしゃるわけですが、その根拠は何でしょうか?
>僕が思うに露夢虫さんの>>371は、このスレのログを読み損なっているように思います。
私は、このスレだけを読んで、「ただ反対することだけが目的で来ている懐疑派は、ごくごく少数のように見えます」と書いた訳ではありません。
このスレは、ぼーんさんの狙いどおりに、個人の信条の対立による不毛な議論に始終してしまっています。
私は、「じっくり板」の頃からずーっとロムしてきて、(懐疑派といっても人様々だと思うので、非常に大雑把ですが)懐疑派の方々はこのような論点を持って議論に臨んでいると理解しています。(懐疑派の方、もし間違っていたら訂正して下さい。)
1)世界には様々な価値観があって、それによって利害の衝突が発生する限り、争いや戦争は亡くならない。(世界平和の否定)
第二次世界大戦後、世界が地域紛争や小規模な戦争を除いて大まかに平和を保てたのは、米ソの核の抑止力による効果である。(力の抑止力による平和の肯定)
2)国際社会は、随分ましになったとは言え、いまだに各々の国が自国の利益をできるかぎり増やすべく、駆け引きや力比べをしている弱肉強食の世界である。
そのような中で現実的に取れる対策は、日本の安全を守ることである。まず日本の安全と平和ありきである。(彼等の考える平和の形)
3)外交や経済政策によって戦争を極限まで避けることは当然であるが、我々の安全が脅かされる程の死活問題になった場合は、戦争もやむを得ない。
従ってそうならないためにも、我が国の外交能力や経済力を高めると共に、抑止力としての軍備の充実や有事法制の整備等を充実させてゆくべきである。(彼等の考える具体的な対策)
ですから、ここに参加している懐疑派の方々は、上の事を証明するため、また読者や論敵の方々を説得するために来ているんではないですか。これが我々の考える「平和」への道筋なのだと…
あと、反戦平和を唱える人の考えが、国益を害するのではという危惧から書き込まれる人もいるでしょう。
また、現時点で上の論点を持ってはいるが、反戦平和運動が本当に効力を発揮するならば、考えを改めたいと思っている人もいるでしょう。そのために反戦運動について、様々な質問をしたり、矛盾点を明らかにしようとしているのではありませんか。
その過程で、ただただ反対することもあるでしょう。
しかし、それが具体性や理論性を持ったものならば、ぼーんさんにとってはクズのような意見であっても、別の人に取っては説得力を持つ場合もあると思いますけど…
このように、彼等は武力を用いない世界平和の達成は現時点では「無理だ」と言っている(と思う)し、彼等の考える「平和」というものが「日本」に限定されたものであるために、武力によらない世界平和を可能と考えそれを前提に話をしているぼーんさんから見れば、見当違いのことを言っているように見えるだろうし、「平和造りの部屋にいる必要なんかないわけです」と言われるのも分かります。
ただ、彼等は彼等の「平和の道筋」なるものを主張している。
ぼーんさんは、ぼーんさんの「平和の道筋」を主張しようとしている。
ぼーんさんは、彼等の意見を全て否定する。
私は、そういう考え方もアリだと理解しようとする。そしてぼーんさんの主張も理解しようと試みる。両者をまず理解しようとする。
それでいいのではないですか?
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