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ウェストファリア体制の次にくるもの
1
:
ヤスツ</b><font color=#FF0000>(RqRGbk8w)</font><b>
:2003/02/24(月) 00:38
「現在の国際社会とは、中世社会を終わらせた30年戦争の反省から、互いの国家をそれぞれの国内に対しての主権を持つ対等な存在とし、それぞれの国内問題には介入しないことを約束したウェストファリア条約を母胎としてできあがった、ウェストファリア体制社会である。
アメリカは、この【他国の主権に介入しない】というウェストファリア体制から見れば、奇形的存在の新興国である。
アメリカの【自国自衛のための先制攻撃の正当性】を肯定した場合、400年続いたウェストファリア体制は崩壊することになる」
壱学生さんのご説明にたびたび登場する「ウェストファリア体制とアメリカ」ですが、もしこの約半世紀の総ざらえとして、アメリカの行動がウェストファリア体制に基づく国際秩序を不安定にさせるとしたら、次の新秩序にはどのようなものが考えられるのでしょうか?
ウェストファリア条約が結ばれた頃は、「大国同士の長期に渡る激突が、戦争の危機を生む」ということで、互いに内政に干渉し合わない小国がたくさんある世界が生まれたのではないか、と思うわけですが、「大国による小国への内政干渉」「テロという手段の効果の実証」「大国による制裁の正当性と実効性」など、400年前と今日とでは事情もずいぶん代わってきています。
という話を、一朝一夕で答が出るとはさすがに思っていないのですが、もしウェストファリア体制の次に新しい秩序が生まれるとしたら、どのようなものが生まれる可能性があるのでしょうか?
最善の一種類だけとは思えませんので、いろいろなスタイルが考えられうると思いますが、もしよろしければ、皆様の予見なさる「次の新秩序の可能性」について、ご意見を伺えればと思います。
32
:
中葉
◆22bKXenR5Q
:2006/11/12(日) 05:41:21
冷泉彰彦氏 JMM [Japan Mail Media] 「民主党と上手に付き合う方法」 によれば、
民主党は少数野党として、戦時の団結ムードにも押されて大変な「冷や飯」
を食わされました。その結果として、一方的に理想を説いているだけの傲岸な姿勢で
は人心を得るのは難しいこと、反対のための反対も、怒りに身を任せた反対も外から
見れば見苦しい姿を晒すということ、など貴重な教訓を学んできたのだとも言えるで
しょう。これに加えて、善悪二元論から自由な若い世代も育ってきています。
そんな民主党との、あるいは民主党的なカルチャーとのパイプを太くすることで、
日米関係を更に豊かにする、そんな時代がやってきたのだと思います。現在の彼等は
「聞く耳」を持っています。それに対して、とにかく語りかけてゆくこと、説明して
ゆくことが大変に重要ではないかと思うのです。
とにかく民主党的な人々は「大まじめ」です。例えば「北村透谷(明治の思想家)
の自殺が日本の民主主義の脆弱性の良い例ではないか」とか「『サンリオのキャラク
ター』の幼児性の奥にあるのはイノセンスへの希求ではないのか」などと「知日派」
を自認するような人々は、面倒なことをたくさん質問してきます。お願いですから、
大まじめで応対してあげてください。「美しい国」日本を良く知って世界に紹介する
というのは、そういうことも含まれるのです。ちなみに私は「サンリオ」の話は条件
つきで「イエス」ですが、北村透谷うんぬんは「ノー」だと思っていますが。
33
:
中葉
◆22bKXenR5Q
:2007/03/25(日) 11:17:47
マックスウェルの学説は、現在の状況を見るのに必要な状況をまさに提供している。
彼の指摘によれば、もっとも単純な物質系においてさえ、
彼が特異点と呼ぶ瞬間がごく稀に出てくる。この特異点においては、
無限小的に小さな力が、 出来事の全体的配置の中でのその特徴と位置によって、
ちょうど一つの小石が地すべりの始まりとなるように、
ほとんど信じがたいほどのマグニチュードの変化を ひきおこすことができる。
この教説は、歴史における人間の個性の直接的衝撃というものを考慮する余地を認めている。
たんに大衆運動による衝撃だけではなく、適時、適所に身をおいて、
適切な目的を実現するために介入しようと目をみはっている個人や小集団による衝撃である。
そのような瞬間――それは明らかに仏陀、イエス、マホメットの実例を説明してはいないだろうか――には、
たった一人の人間の人格が、抵抗できないかのように見える諸制度の慣性にうちかつ場合が生じうる。
幸いにも、マックスウェルの指摘によれば、系(システム)が高級、かつ複雑であればあるほど、
特異点の生じる頻度は高くなる。物質系よりも生物系におけるほうが特異点は多く生じ、
蟻の生活より人間の生活のほうが多い。従って、いまなにが可能であるかについてのわれわれの感知力は、
既知のもの、典型的なもの、予見できるものにもとづけば、
まず絶対に不可能としか思えないものについても正当な考慮を払っていなければ、
本当は健全だとはいえないのである。 (L.マンフォード“人間―過去・現在・未来:下巻”、pp.101-102)
34
:
うろちい
:2007/04/02(月) 00:23:33
こういう考え方は好きだけど、揺らぎは中立的なので、揺らぎを当てにしてある行動を起こしても、
そして、おこさなくても、
結果が求めるようになるのと、正反対の結果に成るのとは、確率が半々なので、
実は、何の啓蒙にもならないのが泣き所です。
「意識の力が、確率に偏りを与える」様な超能力みたいなものが、
こっそりと想定されているのでしょうね。
35
:
うろちい
:2007/04/03(火) 11:49:29
ところで
「たった一人の人間の人格が、
抵抗できないかのように見える諸制度の慣性にうちかつ場合が生じうる。」
に
「ちょうど一つの小石が地すべりの始まりとなるように」
という例えは適当とは言えない。
なぜならば、地滑りという結果は、それが始まる前にポテンシャルとして
定まっているから。
「たった一人の人間の人格が〜」で表現されているのは、小石を斜面に上向きに叩き付ける
ことにより地滑りを上向きに起こすような奇跡です。
これが起こるためには前回の投稿では
「確率を変化させる超能力」
が必要だと僕は言いましたが、
「入力のベクトルの方向を保存したまま、
ベクトルの大きさだけを増大させ出力させる連鎖反応系」
が存在することでも説明つきますね。
36
:
うろちい
:2007/04/03(火) 11:56:49
「適時、適所に身をおいて、 適切な目的を実現するために介入しようと目を
みはっている個人や小集団による衝撃」
これはどっちなんでしょうね。
社会に十分にポテンシャルが蓄積しているのであれば、小さな力でも、
大きな現象が顕在化するわけで、仏陀の出現は、一見、大きな影響を人類に及ぼした
偉大な存在の出現ですが、人類の偉大な英知の山の頂上にたまたま収まった
だけかもしれません。
科学的には、仏陀による影響は、仏陀を取り除いてみないと判りません。
ひょっとしたら仏陀が小さな頃に事故で死亡しても、別の仏陀が現れたかもしれません。
それとも、仏教の全く無い現在に至るのか。
そんなことをつらつらと考えては、僕個人が社会への働きかけと、個人的な幸福の追求
とを、どういう風にバランスさせるのか、日々悩む訳です。
37
:
中葉
◆22bKXenR5Q
:2007/04/16(月) 07:24:23
うろちい さん、
> そんなことをつらつらと考えては、僕個人が社会への働きかけと、
> 個人的な幸福の追求とを、どういう風にバランスさせるのか、日々悩む訳です。
これが人間の常であり、生きているという現実そのものではないでしょうか?
また、仏陀のことは正確にはわかりませんが、
私が信じている親鸞や、近くは清沢満之になるとその自筆の記録によって良くわかります。
現在生きている人は、雑音が多いので良くわかりませんね。私は一応所属している東本願寺教団には、全く見当たりません。
情けないです。
21日は三河別院で開催される蓮如上人五百回に出席しますが、全く期待するものはありません。
38
:
中葉
◆22bKXenR5Q
:2007/04/21(土) 14:01:23
行って来ました。お説教の間、野間 宏著「親鸞」を読んだので、結構充実しました。
39
:
中葉
◆22bKXenR5Q
:2007/12/21(金) 23:17:45
ウェストファリア体制の次にくるもの
何だろう?俺かもね!
40
:
中葉
◆22bKXenR5Q
:2008/02/23(土) 17:12:32
「ウェストファリア体制の次にくるもの」、
それはどうも、John Friedmannには見えているようだ。
Planning in the Public Domain: From Knowledge to Action
http://www.amazon.com/Planning-Public-Domain-John-Friedmann/dp/0691022682
に良く描かれている(ようだ!?)
私も早く読み、理解し、皆さんに報告しなければ!
42
:
中葉
◆22bKXenR5Q
:2008/05/23(金) 05:44:16
いよいよ、ようやく、
Planning in the Public Domain: From Knowledge to Action
の実践を開始しました。
いわば第三ステップの開始です。
(1)マックス・ウェーバー
文化発展の最後に現われる「末人たち」にとっては、次の言葉が真理となる
のではなかろうか。「精神のない専門人、心情のない享楽人。この無のもの(ニ
ヒツ)は、人間性のかつて達したことのない段階にまですでに上り詰めた、と自
惚れるだろう」と。
・・・・われわれのなすべき仕事は、以上の素描でその一端にふれたにすぎな
い禁欲的合理主義の意義を、さらに社会-政治的倫理の内容について、すな
わち、私的集会から国家にいたるまでの社会的諸集団の組織と機能のあり方
について、明らかにしていくことだろう。その次に、禁欲的合理主義の人文主義
的合理主義とその生活理想や文化的影響に対する関係、さらに哲学上ならび
に科学上の経験論の発展や技術の発展に対する、また精神的文化諸財に対
する関係が分析されねばならないだろう。
「プロテスタンティズムの倫理と資本主義の精神」岩波文庫版 pp.366,368)
43
:
中葉
◆22bKXenR5Q
:2008/05/23(金) 05:47:42
(2)カール・マンハイム
その内面的な意味は別としても、これからさき、動的宗教は社会秩序の中で次のよ
うな三つの重要な機能をもっている。すなわち(1)過渡期の社会を診断すること、
(2)重要な問題に注意を焦点づけること、および(3)社会生活のいろいろのレベルで
人間の行為を統合すること。*
*注。ここでマンハイムの原稿は切れている。しかしながら、著者は進歩的な宗教
のこの統合的機能を精巧化する意図があったのかどうか、このことについての指示
は残されていない。(編者)”
(「自由・権力・民主的計画」 未来社版 p.516)
44
:
中葉
◆22bKXenR5Q
:2008/05/23(金) 05:50:22
(3)ジョン・フリードマン*)
第7章ではオルタナティブな開発を批判的に検討し、非政府機関の役割の増大を吟
味し、それらの機関が国家と貧困者の間に立つ官僚組織になったら(実際そうなって
いるものもある)どうなるかを考察した。そして外部の機関からの関与を受けない、コ
ミュニティに基礎を置く闘争を肯定的に評価した。
最終章では、貧困、排除、「力の剥奪」は貧困国だけでなく、富める国でも存在するこ
とに注意を促し、特に第三世界におけるオルタナティブな開発の経験が富める国に対
して示唆している問題を提起した。
*) ジョン・フリードマン著、斉藤千宏他訳「市民・政府・NGO」 1995、新評論社版 p.29、
John Friedmann: Planning in the Public Domain: From Knowledge to Action, 1987, Princeton UP
45
:
中葉
◆22bKXenR5Q
:2008/06/07(土) 05:25:57
ジョン・フリードマンにその2ができました。
(3.2)ジョン・フリードマン:問題解決
オルタナティブな開発にはラディカルな実践が必要であり、実践は適切な理論によって
方向付けられなければならない。以下に列挙するような構造改革の理論によるバック
アップと媒介とがなければ、ラディカルな実践は定着できないであろう。 *)
1.資本主義社会の構造的問題(人種差別、父権社会、資源枯渇、貧困、疎外など)
2.システムの暗黒面を繰返し再現する現実を批判的に解釈する。
3.対抗し、改革する運動がないとしたら社会がどうなるかの未来予想チャート
4.解放のための実践に基づく望ましい詳細な未来イメージを練り上げる。
5.多くの人が望む未来の実現に対する既得権側からの抵抗を克服する最善の戦略を
提案する。
*)John Friedmann: Planning in the Public Domain: From Knowledge to Action, 1987, Princeton UP, p.389
http://www.amazon.co.jp/Planning-Public-Domain-Knowledge-Action/dp/0691077436
46
:
中葉
◆22bKXenR5Q
:2008/09/12(金) 16:00:08
「ウェストファリア体制の次にくるもの」が何であるかは大体わかりましたね。
次は、「ウェストファリア体制の次にくるもの」を実現するにはどうしたらよいかです。
次は、実践論・矛盾論でも読みますか?
(4)毛沢東とは古いですね。
47
:
中葉
◆22bKXenR5Q
:2008/10/26(日) 13:57:31
しばらくでした。
48
:
中葉
◆22bKXenR5Q
:2008/11/24(月) 23:21:14
米国も大統領が替り、ようやくウェストファリア体制の次を現実的に論じることができるようになりました。
皆さん、元気を出しましょう!
49
:
中葉
◆22bKXenR5Q
:2009/01/28(水) 22:55:20
私は、国際関係に詳しくないので、ジャック・アタリの助言を引用します。
朝日新聞グローブ (GLOBE)|Meets Japan―世界と日本を考える ジャック・アタリ
http://www.globe.asahi.com/meetsjapan/090112/01_02.html
でアタリはこう言っています。
“日本には80年代、世界の中心都市となるチャンスがあった。
当時の日本は、世界に対して大きな関心を抱いていた。
だが、世界の中心となるためには、「普遍化」という使命を担わなければならない。
つまり、世界に向かって開かれること、世界を支配しようとする欲望を持つこと、世界から関心を持たれることだ。
80年代に日本が選択したのは、そのような道でなかった。
日本は、外国人を受け入れない道を選んだ。
米国の企業をいったん買収し始めたものの、バブル崩壊の処理に手間取り、
内にこもってしまい、自分たちだけの世界で生きていこうとするようになった。
並はずれた技術力があるにもかかわらず、官僚の特権維持にこだわった。
この開放性の欠如によって、日本は世界の中心になる機会を逃してしまった。
日本がチャンスを生かせなかったのは、ひとえに開放の精神を欠いていたから、というほかない。
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