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意味論
1
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プロジェクトラーニング
:2009/08/04(火) 13:38:20
勝手にスレッドを立てしまいまた怒られないかと心配ですが、野田さんが私がOなる人物とは別人だと言っていただいたおかげで、気分が晴れました。ところで、よく藤原肇さんは「〜は意味論が理解できていない」という趣旨の発言をされています。昔小室直樹さんとの対談のときにもその話が出ていました。これは私の知る限り私が大学生の頃からずっとそう言っておられます。その時からわからなかったのですが、そもそも意味論とは何なのでしょうか。言語学とか論理学とは異なるものなのでしょうか。この意味論を学ぶのに最低限読んでおかねばならない書籍にはどのようなものがあるのでしょうか。意味論を知り現実にどう活かすかは自分で考えますので、なにかとっかかりとなるような事をどなたかご教示いただけないでしょうか。
2
:
野田隼人
:2009/08/04(火) 15:21:47
明日辺りには削除する予定の「【日本】 【立正安国論】 【救済】」というスレッドに、小生は以下のように書きました。
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荒木さん、デテクターさんの仰せのとおり、この掲示板にも長年に渡って築き上げてきた「ルール」があります。端的に言えば「適塾精神」というもので、適塾精神の何たるかは過去の一連のスレッドに目を通してください。その上で、なぜ経営コンサルタントの荒木さん、『立正安国論』をいきなり冒頭に取り上げられたのか、大勢の人たちに分かるように解説していただけないでしょうか。
*********************
適塾精神とは何かについては、過去に言及しているスレッドもありますので、自身で探し、自身の頭で考え、その上で再度投稿してください。ここは学校ではありません。
以上
3
:
プロジェクトラーニング
:2009/08/05(水) 06:23:28
野田さんの指摘にある「学校」という言葉の使い方に、おそらく意味論に関係してくる示唆が隠れている気がします。辞書にある、一定の場所に設けられた施設に学生を集めて教師が計画的・継続的に教育を行う機関だとするならば、宇宙巡礼は「学校」ではありません。しかし「学校」を端的に学ぶ場(学と校の意味から)だととらえると、宇宙巡礼は学校ではないのでしょうか。学ぶ場で質問をいきなり封じ込めてしまうのはいかがなものでしょうか。それでは学ぶ場の精神は活かされません。さて私なりに適塾精神の何たるかを慮りつつ問題意識を述べます。『理は利よりも強し』では、「単語の意味の歴史的な背景の把握に始まり、言語のさまざまなレベルでの意味のあり方を知り、単語間の構造関係や記号的役割を位置づける学問」と記されています。また小室直樹さんが藤原肇さんに、「セマンティックスの言い出しっペなんだから、セマンティックスにはどういう効用があって、それを知る人と知らない人ではどう違うかを、あなたから説明しなくてはいけない。」と指摘したことに対して、藤原さんが、「セマンティックスは日本語では意味論と言っている。言葉がある特定の意味をどうやって獲得し、他の言葉とどんな関連を持ち機能するかを理解して、コミュニケーションをする場合に、ある言葉がどんな枠組みで定義され、どんな概念を含んでいるかを知ることだ。」と述べています。いずれを読んでも皆目分からない。ここで分からないという意味は、小室さんの質問に藤原さんが答えていないということです。つまりセマンティックスの実利が不明なのです。私が仕事で直面しているのは多くのビジネスパーソンが日本語を正しく使えていないという現実です。言葉を正しく使えていないという意味と、その言葉を用いて文法に則して文を作るが、そのいわば部品を筋道を正しく通して組み立てられていないという二つの意味があります。後者は論理学なのでここでは言及しませんがが、前者が意味論に通じることではないかと考えています。西周を学び百科全書派、そして例えばディドロ&ダランベール『百科全書』岩波文庫などを読んでみましたが、やはりセマンティックスの実利が分かりません。なので最初のスレッド立てとなった次第です。
4
:
プラトンの友
:2009/08/05(水) 07:08:40
分からないという事が分かったので、一生懸命調べてその理由について考えた。これは素晴らしい学びの精神であり、みなが知恵を寄せ集めて意見を投げ合って切磋琢磨して、自分の意見や考え方を精緻なものにしていく好意に参加するのであり、それ自体が学校そのものだと思う。
そうやって自分を追い詰めていくことで実利が分かり始め、意味論の真の意味がじぶんのものになるのだし、それをプラトンは『饗宴』で論じたのであり、ゼミの原典であるセミナリオも生まれたのであった。
5
:
プロジェクトラーニング
:2009/08/05(水) 10:44:17
セマンティックスに通じる実利を、言葉を適切にかつ豊かに用いることだと仮定してみます。言葉を適切に用いるとは、概念の境界線、すなわち定義するということで、理解し易いです。ただしこのことだけ取り上げても、日常の現場ではうまくいっていません。卑近な例ですが、「問題」と「課題」という二つの言葉は、企業の中では使われない日(いや時間と表現した方が良いかもしれない)はないほどです。けれどもその用い方と言ったらバラバラです。例えば本田技研工業ではこの二つの言葉は定義されて用いられていますが、そういう企業があるのは確かですが、多くの企業では各人まかせです。まったく同義に使っている人もいるし意味を分けて用いている人もいて、コミュニケーションに支障を来たし、仕事の生産性にマイナス要因となって影響しています。さて厄介なのは、言葉を豊かに用いるということです。私は、まだこの「言葉を豊かに用いることの構造」を理解できていません。容易に思いつくのは、語彙量です。ですから対策は、シソーラスを日常から活用し、常にその言葉を言い変えたらどうなる?と自分に迫ってアウトプットを課していくことが考えられます。皆目分からないのは、語彙量以外に、「言葉の奥行き」とか、藤原さんが言うように、言葉がある特定の意味をどうやって獲得するかといった、いわば「言葉の行動」、そして他の言葉とどんな関連を持ち機能するかといった、いわば「言葉の関係」をどのようにスキルとして身につけたらよいのかということです。このセマンティックスに通じる実利がいまビジネスパーソンに求められていますし、私も何とかしてつかみたいのです。
6
:
プロジェクトラーニング
:2009/08/06(木) 11:07:54
言葉の用い方には、点と、線と、面があるのだと考えてみます。点を用いるとは、言葉の定義に則すということになり、言葉を適切に用いるという実利です。(※幾何学で点とは部分を持たないものだとすると、この例えはおかしいかもしれませんが、便宜上で使っていますのでご容赦下さい。)さて、線を用いるとは、線の定義を考えればわかりますが、点をつなげるということですから、言葉と言葉で意味をこしらえるということになりましょう。現存の漢字一文字づつを合成させ(当該二文字とは)別の概念をあらわしなさい、こんなエクササイズをやってみたりします。拙い例ですが、「姿」+「鍵」=「姿鍵」で、命名という意味をあらわしました。命名とは、姿の本体を鋳型にして鍵をつくることだと考えました。名を知っていると会いに行ける。名を思うと姿が瞼に浮かぶ。名を呼ぶとそばに来てくれる。名前はあの人へのアクセスキー。古代、自らの名前を教えることは結婚の承諾の意味をもっていたようです。こういう風に言葉を用いると言葉の「長さ」(線の定義から)が生まれる実利があります。さて難しいのが、面を用いるとはどういうことかということでしょう。面と線の相違は、面には「長さ」に加え「幅」があることです。こんなエクササイズをやってみたりします。任意の二つの言葉を取り出します。この二つの言葉の関係や対比を浮かびあがらせるために、その二つの言葉それぞれに別の言葉をあてることをしなさい。これはある方が示された例ですが、偶然と必然という二つの言葉を取り出し、「有漏路は偶然・無漏路は必然」という「幅」を示されました。仏教的世界観では、「有漏路(うろじ)」は迷い(煩悩)の世界、「無漏路(むろじ)」は、悟り(仏)の世界をあらわしています。このことにより偶然と必然の関係や対比を浮かびあがっています。後者二つが言葉を豊かに用いることの実利かと考えました。ところで自らの問題提起に自分で考え続けておりますが、そもそも藤原さんが述べている意味論の意義に少しでも沿っておりますでしょうか。
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