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自民党スレ2

951OS5:2025/10/22(水) 09:11:17
https://news.yahoo.co.jp/articles/953c9085035fcaf06dc892c316b84d9eb26f39f7
公明党に“反旗”の自民「小野田紀美氏」が初入閣 “自公連立解消”に先鞭をつけた「岡山のジャンヌ・ダルク」3年前の圧勝劇
10/22(水) 6:13配信


デイリー新潮

初入閣を果たした小野田氏

 自民党の小野田紀美・参議院議員(42)が経済安全保障担当大臣として初入閣を果たした。高市早苗首相(64)が重視する外国人政策も担当すると見られている。先の総裁選では、高市陣営の女性議員や若手・中堅が中心となって「チーム早苗」を組織したが、そのキャプテンを務めたのが小野田氏だ。ここで高市政権発足までの流れを振り返ってみると、高市首相が自民党総裁選に勝利したのは10月4日。そして公明党が自民党との連立を離脱したのは10月10日のことだった。(全2回の第1回)


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 自公分裂は政界だけでなく国民にも大きな衝撃を与えた。そして、ご存知の方も多いだろうが、小野田氏は2022年7月の参院選で公明党に推薦を求めない意向を示して大きな注目を集めた。

 いわば小野田氏は“自公離反”の先鞭をつけたとも言えるわけだが、あの時、彼女の地元である岡山県で何が起きたのか、デイリー新潮は7月11日に記事を配信した。

(以下はデイリー新潮が2022年7月11日に配信した記事の再配信になります。年齢や肩書は当時のものです)

「小野田の乱」「岡山のジャンヌダルク」──注目の参院選・岡山選挙区(改選定数1)は、自民党現職の小野田紀美氏(39)の圧勝で終わった。同選挙区だけで起きた“自公対立”とはいえ、今後の展開によっては自公連立政権を揺るがしかねず、永田町関係者は大きく注目している。

 NHKは7月10日午後7時55分から第26回参院選の開票速報を放送したが、冒頭で小野田氏の当確を報じた。午後8時の投票終了と同時という速さに、どれほどの圧勝だったかが透けて見える。

 なぜ、小野田氏が公明党の選挙協力を拒否するという“異常事態”が起きたのか、まずは彼女の歩みから振り返ってみよう。

 小野田氏はアメリカ人の父親と日本人の母親を持ち、1982年に米国イリノイ州シカゴで出生、1歳から岡山県瀬戸内市で育った。地元の中高一貫の私立女子校から拓殖大学に進学し、卒業後はゲーム制作会社などに勤務していた。

注目を集めたツイート
 2011年、東京都北区の区議選に自民党から立候補して初当選。15年に再選を果たすが、16年7月に行われた第24回参院選で岡山選挙区から出馬した。担当記者が言う。

「岡山選挙区は、参議院議長や民主党最高顧問などを歴任した江田五月氏(1941〜2021)の地盤ということもあり、これまで自民党の候補は苦戦してきました。16年7月の参院選には江田氏の後継候補も出馬し、激しい選挙戦を繰り広げましたが、最終的には約10万票の差をつけて小野田氏が勝利。この時の選挙では、小野田さんは公明党の推薦を得ていました」

 小野田氏と公明党の間に“亀裂”が生まれたのは、今年1月15日のことだった。この日、共同通信が「公明、自民推薦の見送りを検討 参院選、地方組織に伝達」の記事を配信し、YAHOO! ニュースにも転載された。

「小野田さんは自身のTwitterの投稿にYAHOO! ニュースのリンクを貼り、《政党が違うのですから、選挙は他党の推薦ありきでやるのではなく、それぞれ自由にやるのが自然ですよね。公明党さんの推進見送り検討、共感します》とツイートしました。これが公明党=創価学会の逆鱗に触れたのです」(同・記者)

 自公連立の歴史は、小渕恵三氏(1937〜2000)が首相だった1999年10月の小渕第2次改造内閣の誕生に遡る。以来、自民党と公明党は、国政選挙で相互協力を行ってきた。


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