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首都圏・東京 地方政治綜合スレ

3106OS5:2026/01/03(土) 20:56:16
https://news.yahoo.co.jp/articles/378ed5220d4dcef3fdda22e21c8564c7baefce3b
つくば市誕生(昭和62年)③ 筑波町長が辞意 対等合併から離脱 いばらきの昭和100年
2025/12/29(月) 11:00配信


筑波研究学園都市を構成していた茨城県の6町村のうち、谷田部町との部分合併を進める大穂町は昭和62年9月8日、反対住民が押しかける中、議会へ県警機動隊を導入して法定合併協議会設置を強行可決した。

これより前に桜、筑波、豊里の北部3町村にも注目される動きがあった。8月19日に桜村役場で3首長が記者会見し、3町村で法定合併協議会を設立するとの「合意書」を発表した。

筑波町長の井坂敦実が起草した合意書は「このままでは所期の目的(6町村合併)が破綻し、将来へ禍根を残す」「分裂を防ぐため、私どもも法定合併協議会を発足させ、6町村一体の合併へ県の指導を求める」といった内容だった。

谷田部、大穂の南部2町による部分合併に歯止めをかけ、6町村合併へ立ち返ろうという北部3町の提案は、その後大きな意味合いを持つことになる。

■議会解散は幻に

この年、県が6町村に提示した内部資料によれば、合併方式は「編入合併」と「合体(対等)合併」の2種類だった。うち、編入合併は一つの町村へ他町村を組み込む形を取り、谷田部町は一時期、大穂町の編入合併を検討していた。

その場合、新市長には谷田部町長の木村操が就任。任期は谷田部町長と同じ3年後の9月までとなる。一方、両町議は全員がいったん新市議となるが、任期は谷田部町議分(62年12月)までと残りわずかだった。

これに対して対等合併は参加全町村で新市を発足させる方式で、新市長は合併後50日以内に選挙で選ばれる。また、参加町村の議員は全員、合併から1年間は市議に就くことができた。

谷田部町長の木村は9月25日の町議会最終日の一般質問で「議会(合併推進協議会)の方針である『谷田部主体の合併』とは、吸収(編入)合併と解釈している」との認識を改めて示した。

大穂町議の受け皿として谷田部町議会を解散し、任期を4年としてから合併する〝奇策〟も水面下で検討されたが、部分合併に反対する住民団体は、町議選に複数の新人を擁立すると示唆。谷田部町議の間でも「大義名分が立たない」といった声が強まり、解散は幻に終わった。

10月2日には北部3町村を代表する形で、桜村長の倉田弘が会見。9月29日に知事の竹内藤男と会談したことを明かし、「知事から『谷田部、大穂の2町合併を白紙に戻す』という確約を得た」という〝爆弾発言〟をした。

■知事自ら現地入り

県の対応は素早かった。10月5日に水戸市のホテルへ6町村長らを招集。竹内は5町村での年内11月末までの対等合併を改めて提案し、首長らも基本的に合意した。地域性や、町長と議員の任期などの事情が異なる茎崎町は除かれた。

タイムリミットまで2カ月弱とぎりぎりのスケジュールの中、竹内は8日、合併に慎重意見の多い筑波町の「町民集会」へ足を運び「常磐新線(現つくばエクスプレス)や圏央道の誘致には中心地(新市)の強い政治力が必要だ」「合併によるイメージアップが図れ、財政力も強くなる」と訴えた。

19日に桜、豊里、大穂の3町村議会が法定合併協議会設置を可決。残る2町のうち筑波町が臨時議会を招集した22日、町役場には合併反対派の住民ら約150人が集結し、町長の井坂と直談判を続けた。

混乱を避けたい井坂は議会に流会を求めたが、「議会が会期を延長した」という情報に住民らは猛反発。議会に会期延長を確認した井坂は事態収拾のため、「わかりました。町長職を辞職します」と沈痛な面持ちで宣言した。この瞬間、筑波町の対等合併からの離脱が決定的となった。

「人々の 願いは平和の邦にあり 地獄世と化す 性の悲しさ」

井坂は同日夜、このように自身の心境を詠んだ。桜村長の倉田は「とうとう1人犠牲者を出した」と悔やんだ。

筑波町以外の4町村は26日、初の合併協で新市名を「筑波市」「つくば学園市」など6案の中から「つくば市」と決定した。その後、4町村長による合併協定書への調印、4町村議会による合併議決といった手続きを経て、11月30日、予定の期日へぎりぎり滑り込む形で新市が誕生した。(文中敬称略)


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