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首都圏・東京 地方政治綜合スレ
2173
:
OS5
:2023/04/29(土) 09:13:45
https://news.yahoo.co.jp/articles/29421420525f4963f7d4628aaf25a5e32a7173f5
かつてのニュータウンが一斉に高齢化 支える行政の模索と描けぬ将来
4/22(土) 19:00配信
6畳が一間と4畳半二間に台所。そんな自宅の中を見回し、彦坂三矢子さん(82)は言った。「もうちょっと広ければ、若い人だって入ってくるんじゃないのかな。これでは、子どもが受験勉強といっても、できないよ」
茨城県取手市井野団地。取手駅の東1キロ余の約20ヘクタールに、89棟の集合住宅が整然と並ぶ。日本住宅公団(現在の都市再生機構)が開発し、1969(昭和44)年に入居が始まった。彦坂さんはその年に28歳で東京都内から転居し、夫とともに3人の子どもを育てた。
周りもほとんどが若い世代だった。子どもは多く、彦坂さんが自宅の一室を貸して開かれていたピアノ教室には、毎日7、8人が通ってきた。入居から54年。今、団地で子どもの声を聞くことは、「少ない」と彦坂さんはいう。
市によると、入居開始からほぼ5年後の74年4月に2127世帯7535人が住んでいたが、今月は1633世帯2495人。世帯数で2割強、人口は7割近くも減った。65歳以上の高齢者が占める割合は、昨年10月で52・9%に達した。
4〜5階建ての集合住宅にエレベーターはない。彦坂さんによると、食料品、雑貨、飲食などずらりと並んでいたショッピングセンターの店は次々に閉まり、「車がない人には、とても不便になった」。
経済成長が続いた時代、首都圏のベッドタウンとして、市内には次々に大規模な住宅団地ができた。60年に約2万2千人だった人口は、95年には約8万4千人に膨らんだ。こうして流入した現役世代はやがて引退し、市内の高齢者は、今年1月には全体の35・2%を占めた。県南地域の都市部では突出して割合が高く、県平均の30・6%、全国平均29%の先を行く。
新興住宅地ができ、同じような年代の人たちが移り住んだ街は、時間が経つと一気に高齢者が増える。それは、取手市の後を追って開発が進んだ隣の守谷市も同じだ。
今年1月時点の守谷市の高齢化率は24・1%で、20%のつくば市に次いで県内では2番目に低い。それが、市の人口推計では2040年に30・9%、さらに20年後には37・1%になるとされる。1980年代から分譲された住宅地では、すでに50%に近づいている地区もある。
市幹部の一人は「地区が一斉に高齢化するのは、ニュータウン開発の宿命。高齢化や人口減少が進んでも暮らしが維持できるようにするのが重要」と話す。市の提案で、市内を10地区に分けて、それぞれに住民や地元の学校などによる「まちづくり協議会」が設立され、住民主体の街づくりを目指している。
取手市は、大詰めを迎えている駅西口の再開発と、約2キロ北の国道6号沿いへの大型商業施設誘致構想を「活性化の起爆剤に」と期待する。だが、高齢化する住宅団地については、「これまでにも、いろいろ考えたが……」(市幹部)と対応の難しさを認める。
買い物支援で移動スーパーのトラックを巡らせたり、狭い道でもゆっくりと走る電動車による公共交通の実証調査をしたりしてはいるものの、将来の姿はまだ見えない。
この2月、井野団地では自治会が主催して3年ぶりに餅つき大会が開かれた。少年野球チームの関係者など団地以外の人にも手伝いを頼んだ。3月には、有志などによる子ども食堂の催しもあった。ともに大勢の子どもたちが集まった。
「とても活気があって、よかった」。彦坂さんは満足そうに振り返った。
23日に投開票される取手市長選には2人が立候補し、まちの未来をめぐって論戦を繰り広げている。市の現状と課題について考えた。(福田祥史)
朝日新聞社
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