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首都圏・東京 地方政治綜合スレ

1904OS5:2023/02/04(土) 11:34:45
立民の弱体化の影響
保守分裂を横目で見ていた野党第一党・立憲民主党は、知事選挙の対応を模索していた。衆議院議員4期目の中島克仁の立候補が注目され、中島に近い議員は「本人も出る可能性を否定せずに動いていた」と話すが、結局、中島が出ることは無く、自民党を離党した志村の支援に回った。

立民が候補者を擁立できなかった一因は、去年7月の参議院選挙で現職だった立憲民主党のベテラン輿石東の後継、宮沢由佳の落選だ。自民党の新人に2万票差で敗れたのだった。
このときの比例票の内訳を見てみると、立民への投票は5万6124票で、率にして15.1%だったのに対し、宮沢が初当選した2016年の参議院選挙で当時の民進党は11万0783票、率にして28%だった。
党への支持が低迷している影響をまともに受けた形となった。

そして、知事選の告示まで1か月を切った12月11日、立民県連の幹部会で独自候補の擁立を見送り、自主投票とする方針が決まった。
理由について立民県連幹部は「この段階で候補者を擁立するのは現実的ではない」と述べたが、内実はおととしの衆院選と去年の参院選で立て続けに議席を失い、これ以上負け戦を重ねる訳にはいかなかった。

ベテラン輿石は…
知事選挙を終えた2日後、輿石に話を聞いた。

輿石は山梨県出身。小学校の教員を務めた後に、有力支援団体の山梨県教職員組合=いわゆる「山教組」(さんきょうそ)の支持を受け国政に進出。
当時、民主党政権の参議院幹部を歴任し「参院のドン」と呼ばれた重鎮だ。

輿石東

立民県連が独自候補の擁立を断念した判断について、輿石は口を挟まなかったが、候補者を立てることは事実上困難だったと認める。

「候補を立てて戦っても、選挙というのは、当選しなければ全然力を発揮できないわけでしょう。だから当選できるという力を、実力を、常日頃からつくっておかなきゃだめでしょ」

少人数学級で勝負に出た長崎
輿石の政治的な基盤でもある「山教組」。
山梨県内で圧倒的な組織力を誇り、鉄の結束のもとにその動向によっては選挙情勢をひっくり返すこともできる存在だ。
その「山教組」が動かなかったのには理由がある。
長崎が掲げる“少人数学級”の推進だ。
1クラスあたり25人以下にして、子どもたちの教育・指導を手厚くする政策で「山教組」も評価している。
現在は小学校低学年に適用されているが、長崎は告示日前日の1月4日、対象学年の拡大を打ち出したのだった。

長崎「来年度から小学校3年生について、再来年度からは小学校4年生までに25人学級を実現してまいりたい」
少人数学級は、長崎の重要政策の1つであり、子どもたちと向き合う時間が確保できるだけでなく、働き方改革にもつながると教職員から支持されている。長崎は23年度の予算編成の時期に間に合うタイミングに発表しただけだと話すが、陣営関係者からは「選挙を意識していないわけがない」と耳打ちされた。

「山教組」にくさびを打つつもりはなかったのか、選挙後に長崎に率直に尋ねてみた。
長崎「選挙において政治的な活動を求めてやっているのではなくて、政治的な活動をされている集団の皆さんがご理解いただいたのは“結果”だと思っています」

インタビューに答える長崎知事

当の輿石には響いたのか。
輿石「そんなに意識してくれているかね。それは意識してもらってありがたいが。『山教組』を意識するということは教育や子どもを大事にするってことでしょ。私は教育や子どもを大事にしてくれるかどうかというものさしで支持もし、反対もする。これは私の持論」
説明する輿石
立民県連幹部は「『山教組』の組織力をどう生かすかは輿石先生によって大きく変化する。少人数学級の流れは止めたくないという思いは必然的に働いたのは当たり前で、長崎にあえてけんかを売ることはない」と補足する。

東京に事務所を構える輿石。告示日と翌日に、甲府市に入り連合山梨や「山教組」の新年の会合に出席したものの、知事選に言及することはなかった。

NHKが知事選で行った出口調査では、立民の支持層で、長崎に入れた人は30%あまり、衆議院議員の中島が支援した元県議の志村に入れた人はおよそ40%台後半と立民票が割れたことが見て取れた。


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