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新・鉄道綜合スレ

4054チバQ:2022/10/19(水) 08:57:46
https://news.yahoo.co.jp/articles/b886a54d39bdb55b80f9ded0db2bd5a0953cef7a
27年前に廃線 なのに駅舎が続々復活 極寒の過疎地が抱く夢
10/19(水) 6:01配信


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毎日新聞
ホーム側から見た添牛内駅=北海道幌加内町で2022年10月11日、山本直撮影

 日本一寒い地域を走り、27年前に廃線となったJR北海道の深名線添牛内(そえうしない)駅(幌加内(ほろかない)町)が10月中に改修を終え、昔の姿を取り戻すことになった。木造駅舎を残そうと、地元住民らがクラウドファンディング(CF)などで募金を呼び掛け、資金を集めた。旧深名線では、2016年に天塩弥生(名寄市)と沼牛(同町)が復活しており、添牛内で3駅目。鉄道開業150年を機に現場を訪ねると、レールがなくなっても廃れない地域のつながりが見えてきた。

【写真】廃線した路線でよみがえる駅舎

 深名線は深川と名寄を結ぶ121・8キロに21の駅があった。沿線の幌加内町母子里(もしり)で非公式ながら氷点下41・2度という国内最低気温を記録(1978年2月)した豪雪・極寒の地だ。国鉄最後の決算(87年8月)では、100円稼ぐのに2910円かかる営業係数全国ワースト路線。分割民営化後の93年には1列車平均の利用者が約10人にまで落ち込み、95年9月に廃止された。

 ◇住民、CFで資金を集め

 添牛内は8世帯32人の小さな集落。31年開業の駅は、廃線後に取得した所有者が亡くなった後も町内外の人たちが毎冬雪下ろしをして守ってきたが、3年ほど前には傷んで維持が危ぶまれるようになっていた。そこで、地元で名産のそば店を営む山本昭仁さん(43)が「地方が痩せ細る中、見える形で次世代に何か残したい」と、仲間6人と保存会を結成した。

 7月に始めたCFなどで約440人と札幌市の建設会社から目標を上回る計500万円以上が寄せられ、土台、外壁、屋根の修繕が始まった。用途は今後検討するが、誰でも気軽に立ち寄れる施設にし、イベントにも活用したい考えだ。所有者の遺族は譲渡の意向を示しているといい、どう保持していくかも検討する。

 深名線が廃止されたのは、山本さんが幌加内の中心部に住み、深名線で深川の高校へ通っていた1年の時。サヨナラ列車が走った日には家業を手伝って駅で弁当を売った思い出がある。山本さんは「鉄道に対する愛着やノスタルジーから復活を考えたのではなかったが、取り組むうち、駅は来た人が喜び、地元も喜ぶ、そんな場所だと気付いた。多くの人に懐かしんでほしい」と話している。

 ◇元国鉄マンが民宿と食堂

 旧深名線で最初に復活した天塩弥生駅。元国鉄マンの富岡達彦さん(58)が15年に「地方や鉄道の重要さに目を向けてほしい」と名寄市から駅の跡地を買い上げ、自力で駅舎を再建した。北海道新幹線が開業する16年3月26日にぶつけ、駅舎を利用した民宿と食堂をオープンさせた。道内に鉄道が張り巡らされていた頃、自由に乗降できる「北海道ワイド周遊券」で旅行した世代などに人気という。

 同じ頃、木造駅舎が残っていた29年開業の沼牛駅でも、地域発展の歴史を裏付ける建造物として保存・活用を求める声が高まっていた。鉄道ファンや住民でつくる実行委員会がCFで資金239万円を集め、雪の重みで傾いた土台を取り換え、外壁を塗装。16年11月に完成イベントが行われ、現在は町から所有権を譲り受けた地元のそば農家、坂本勝之さん(80)が管理している。20年には腕木式信号も設置され、毎日数人が立ち寄るという。

 山本さん、富岡さん、坂本さんは互いに連絡を取り合う仲。沼牛駅でのイベントに富岡さんが駅長姿で現れ、盛り上げに一役買うこともある。富岡さんは「駅が三つになるのは大きい。見えない線路でつながっていけると面白い」と期待。坂本さんは「立派な駅舎ではないが、解体しなくて本当に良かった。深名線を心でつなぎ、新たな物語を紡いでいけたら」と話している。【山本直】


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