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新・鉄道綜合スレ
2615
:
チバQ
:2019/05/27(月) 20:16:32
中心市街地は「丘の上」
車窓から見渡すと、街全体が丘陵や緩斜面に載っていて「平らな土地」がほとんどない。伊那谷を南流する天竜川の右岸(西側)、河岸段丘沿いに市街地が広がる様子は地図からもうかがえたが、訪れて初めて、地勢がすとんと腹に落ちた。地元の人々は中心市街地を「丘の上」と呼ぶ。
飯田市は1947(昭和22)年の大火で中心市街地のほぼ全域を焼失した。その復興のシンボルとして整備された「りんご並木」が街並みに彩りを添える。
都市規模の割には街路樹が整い、起伏に富んだ地形も手伝って、箱庭のような親しみを覚える。この起伏と、等高線をなぞるように屈曲したJR飯田線や主要道路が形づくる景観は、「リニア」(直線状)と対極のイメージだ。そして、この地形がリニア新駅の立地にも影響した。
今回の訪問は、2018年12月に愛知大学・三遠南信地域連携研究センターが豊橋市で開いたフォーラムがきっかけだった。筆者が「新幹線学」に関する交流研究成果を報告した後、声をかけてくれたのが、飯田信用金庫勤務の加藤修平さんだった。語らううち、訪れたことのないリニア沿線を見てみたいと思った。
同信金は下伊那地域に23店舗を展開し、シンクタンク「しんきん南信州地域研究所」を擁する。2014年7月、着工に合わせてリニア対策室を設置し、2017年にはリニア対策課に改組した。県内外のリニア関連情報の収集や分析、産業支援、開通後の地域振興策の検討にあたり、毎月発行する景況リポート「飯伊地区産業経済動向」に約30本のリニア特集記事を掲載してきた。加藤さんは一連の活動の中心人物だ。
加藤さんの案内で同市と東隣の大鹿村、喬木(たかぎ)村の工事現場や建設予定地を回ることができた。
「長野県駅」は、JR飯田駅の東北東3kmの天竜川近く、中心市街地より低い河岸段丘上に建設される。リニアは川の東岸でトンネルを抜け、天竜川橋梁を渡って長野県駅に至る。駅から西側はすぐに段丘崖からトンネルに入り、中心市街地の北をかすめて名古屋へ向かう。
駅の建設予定地一帯はのどかな住宅地と畑が広がり、ハナモモが咲く緩斜面に水路の水音が響く。「ウグイスの声で目覚めるのは幸せだよね」。地元の方はこう言って目を細めた。巨大開発の存在を示すものは視界に入らない。
すると、加藤さんが市道に埋め込まれた小さなプラスチック鋲を指さした。「これが建設予定地の標識です」。地図を頼りに、駅の整備計画と目の前の景観を何とか重ねると、立ち退きを余儀なくされる家々が像を結んできた。
建設予定地の上方に、小さな祠が見えた。付近の50世帯ほどが長く守り続けてきたといい、地域に根を張った土地柄がしのばれる。集団移転に際して、リニア新駅前に、伝統芸能を残す場の設置を求めた集落もあるという。
本州北端の新幹線駅・奥津軽いまべつ駅が立地する青森県今別町(2016年3月21日付記事「若者を惹きつける『日本一小さい新幹線の町』」参照)のように、いつの日か、全国から集う若者が地元の伝統文化を守る場面もあるのだろうか。
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