したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

インド・天竺・中洋スレ

892OS5:2025/12/25(木) 17:12:24
https://news.yahoo.co.jp/articles/eeb81345fa29fb74173e2511a75de070e47201cf
次期首相有力候補が帰国 BNP党首代行、総選挙控え17年ぶり バングラデシュ
12/25(木) 17:03配信

時事通信
 【ニューデリー時事】バングラデシュの主要政党バングラデシュ民族主義党(BNP)のタリク・ラーマン党首代行が25日、英国から約17年ぶりに帰国した。

 来年2月に実施予定の総選挙ではBNPの勝利が予想され、ラーマン氏が次期首相の有力候補と目されている。

 ラーマン氏は、BNP党首で現在入院中のジア元首相の息子。2007年に汚職容疑で逮捕され、翌08年に保釈されると治療を名目に英国に事実上亡命していた。昨年8月、アワミ連盟(AL)のハシナ前首相が率いた政権が反政府デモで倒れると、裁判所はラーマン氏に無罪を言い渡し、帰国への道が開けた。

 BNPは前政権下で幹部が相次いで拘束されるなど弾圧を受け、昨年1月の前回総選挙をボイコットした。暫定政権はデモ鎮圧に際しての「深刻な人権侵害」を踏まえ、裁判における証人保護を名目にALの活動を禁止。このためALは現状、総選挙に参加できない。

893OS5:2026/01/03(土) 20:11:51
https://news.yahoo.co.jp/articles/01da4b8d3949bc7bfc4097b4b3596564cd08f8e6
インドGDP、日本超えか 26年中に世界4位浮上 格差大きく、統計に疑義も
1/3(土) 19:02配信
 【ニューデリー時事】新興・途上国「グローバルサウス」の盟主として存在感を増すインド。

【ひと目でわかる】GDP上位各国の推移

 経済規模は2026年に日本を上回り、米国、中国、ドイツに次ぐ世界4位に浮上する見通しだ。最大の人口大国となり、年6%台の高成長が続くが、国内には大きな経済格差も横たわっている。

 国際通貨基金(IMF)の最新推計では25年のインドの名目GDP(国内総生産)が4兆1300億ドルで、日本の4兆2800億ドルに及ばない。だが、26年には4兆5100億ドルと、4兆4600億ドルの日本を僅差で逆転する。

 モディ首相は14年の就任から積極的な外資誘致や税制改革といったビジネス環境整備に注力。14億人超の人口と若い労働力を背景に、GDPの約6割を占める個人消費も順調に伸びた。

 インドは29年にドイツも上回り、モディ氏が公約に掲げる「世界3位の経済大国入り」が視野に入る。一方、日本は30年に6位の英国と入れ替わり順位をさらに落とす可能性がある。

 ただ、名目GDPは物価や為替に左右されやすく、それだけでは国民の豊かさや格差を測れない。1人当たりのGDPは25年時点でインドが2820ドルに対し日本は3万4710ドルと、10倍以上の開きがある。フランスの世界不平等研究所によると、インドでは上位1%の富裕層が国富の約4割を保有する。

 インド政府は25年末に公表した経済見通しで、既に日本を抜き世界4位の経済大国になったと主張した。しかし、IMFはかねて政府経済統計の算出法に問題があると指摘。インドの経済学者アルン・クマール氏は、GDP成長率は公式発表より「少なくとも4%低い」とし、実際には2〜3%程度とみる。

 クマール氏は、インドは全労働者の6%が属する大企業中心の「組織部門」と、農家や小規模事業者などから成る94%の「非組織部門」に分かれると説明。非組織部門の方が成長率が低いにもかかわらず、集計が困難なためデータを適切に反映せず、過大評価が起きているという。

 急速な経済成長は格差拡大ももたらした。インド特有の身分制度「カースト」が根強い地域や農村では不満が噴出し、与党は直近の総選挙で苦戦を強いられている。クマール氏は「インドの経済規模は実際には2.5兆ドル程度で、イタリアを上回る世界7位だ」と苦言を呈した。

894OS5:2026/01/03(土) 20:44:01
https://news.yahoo.co.jp/articles/2cba0a2780e5326ddcd0d0d89a456b31de2499a4
カレダ・ジア氏死去 バングラデシュ初の女性首相、80歳
2025/12/30(火) 14:06配信
時事】バングラデシュで初の女性首相となり、計2回首相を務めたカレダ・ジア元首相が30日、入院していた首都ダッカの病院で死去した。

【写真特集】追悼2025〜いしだあゆみさん、みのもんたさん、三浦洸一さん他〜

 80歳だった。心臓病など長年複数の健康問題を抱えていた。

 二大政党の一角、バングラデシュ民族主義党(BNP)のトップとしてライバル政党アワミ連盟(AL)のハシナ前首相と激しい権力闘争を繰り広げた。

 1945年8月、英国統治下だったインド・ベンガル地方の北部ディナジプールで生まれた。軍事政権下だった81年に夫でBNP創立者のジアウル・ラーマン大統領が暗殺されたことを契機に政界入り。84年にBNPの党首に就任し、91年の民主化後、首相に就いた。

 96年の総選挙でALに政権を奪われたが、2001年に首相に返り咲き、06年まで務めた。05年に来日し、当時の小泉純一郎首相と会談した。07年の非常事態宣言下で汚職の一斉摘発に伴い、身柄を拘束された。

 18年に汚職の罪で実刑判決を受け収監されたものの、20年に健康問題を理由に刑の執行が一時停止され、釈放された。24年のハシナ前政権崩壊により、実質的な自宅軟禁を解かれた。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

※画像アップローダーはこちら

(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)

掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板