[
板情報
|
カテゴリランキング
]
したらばTOP
■掲示板に戻る■
全部
1-100
最新50
|
メール
|
1-
101-
201-
301-
401-
501-
601-
701-
801-
901-
1001-
1101-
1201-
1301-
1401-
1501-
1601-
1701-
1801-
1901-
2001-
2101-
2201-
2301-
2401-
この機能を使うにはJavaScriptを有効にしてください
|
ロシア・韃靼・ユーラシアスレ
396
:
チバQ
:2015/06/26(金) 22:31:53
http://www.asahi.com/articles/ASH6V5WJCH6VUHBI02T.html
ロシア元首相、プリマコフ氏が死去
モスクワ=駒木明義2015年6月26日22時12分
シェア
1
ツイート
1
ブックマーク
0
メール印刷
写真・図版
プリマコフ元首相=サン・テレフォト
ロシアのエリツィン政権で首相や外相を務め、プーチン政権に対して積極的な発言を続けていた政界の重鎮、エフゲニー・プリマコフ氏が26日、モスクワ市内で死去した。85歳だった。死因は公表されていないが、病気療養中だった。タス通信などが伝えた。
プーチン大統領は公式サイトで弔意を表明した。
1929年、ソ連時代のウクライナ・キエフ生まれ。ソ連でも有数の中東問題の専門家として知られる。60年代はソ連共産党機関紙「プラウダ」の中東特派員を務めた。その後、世界経済国際問題研究所長などを歴任。ゴルバチョフ書記長時代にソ連最高会議連邦会議議長を務めた。
ソ連末期に国家保安委員会(KGB)の第1副議長として、KGBの解体、再編に取り組んだ。ソ連崩壊後はKGBの後継組織の一つ、対外情報局(SVR)の初代長官に就任した。
98年9月、当時のエリツィン大統領によって首相に任命されたが、大統領側近グループの汚職疑惑解明に取り組んだため、8カ月後に解任された。
その後中道左派政党「祖国―全ロシア」の代表としてエリツィン氏の後継を選ぶ2000年の大統領選への立候補を目指したが、プーチン氏の優勢が動かないと判断し、断念した。
その後も積極的な発言を続け、今年1月に政府発行のロシア新聞に掲載された「直言」では、ウクライナ東部へのロシア軍派遣に反対し、欧米との関係正常化や経済の構造改革に取り組むべきだと主張していた。ロシア政界でも有数の知日派としても知られていた。(モスクワ=駒木明義)
新着レスの表示
名前:
E-mail
(省略可)
:
※書き込む際の注意事項は
こちら
※画像アップローダーは
こちら
(画像を表示できるのは「画像リンクのサムネイル表示」がオンの掲示板に限ります)
スマートフォン版
掲示板管理者へ連絡
無料レンタル掲示板