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神戸・兵庫・摂播

79とはずがたり:2013/11/17(日) 12:01:30

六甲山系余話
地名の由来
http://www14.plala.or.jp/niu_yamada/rj/SB/zatsugaku.html

六甲

神功皇后伝説
 神功皇后の朝鮮遠征の帰路、九州で産んだ王子(後の応神天皇)が帝位を継ぐことを恐れた兄の香坂(かぐさか)・忍熊(おしくま)の2王子が皇后一行を襲ったが逆に征伐され、香坂・忍熊をはじめとする首謀者6人の首が兜(=『甲』)とともに山中に埋められた。そのために六甲山には合計6つの高い峰がある。
大和時代に大和や難波宮(7世紀頃造営)から見て大阪湾あるいは淀川の「むこう」が「ムコ」、淀川の「こっち」が「河内(かわち)」
ポリネシア、アイヌなどの言葉からマオリ語の 「ム・コウ」、MU-KOU(mu=silent;kou=knob,stump)「静かな切り株(瘤のような山)」やアイヌ語の「ムク」という植物が語源。 など

旗振山
かつては兵庫の米相場を岡山に伝達する旗振通信の旗振場だったことから命名された

鉄拐山
須磨の山すそのいつも鉄でできた拐(つえ)を携え、一度に馬数頭分の薪を背負っていた力の強い木こりを人々が鉄拐と呼び、彼の登る山を鉄拐山と名付けた

高取山
長田区の民話によれば、昔洪水で山全体が水没した後に大きな松の木に足を絡ませていた蛸を捕って帰った。 このときから「タコ取り山」と呼ばれるようになったとさ
鷹が多く住んでいたので鷹取山から転じた

菊水山
昭和10年に楠木正成没後600年の記念に神戸市が楠木正成の家紋、菊水の形に松を植樹したのが名前の由来。元は烏山

天王谷
平安時代初期の貞観11年(869年)、播磨の広峰山(姫路北方)の広峰社から、祇園牛頭天王が分神されて山城(京都)の祇園、八坂神社に迎えられた。この途中、神輿(みこし)が広峰社で学んだ徳城坊阿闍梨のいた平野(兵庫区、有馬街道沿い)の「上の寺」に泊まった。そこでこの寺も祇園さんとして牛頭天王が祭られるようになり、その麓の現在有馬街道に沿って流れている谷川を天王谷川と呼ぶようになった。

摩耶山
伝説では法道仙人が1300年以上前に霊場を開き、その後唐で学んだ弘法大師が摩耶夫人(釈迦の生母)をとう利天上寺に祭ったのがこの山の名の起こり

再度山
再度山の名は弘法大師が大龍寺参詣のため2度登ったことに由来しているという


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