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第23回参議院議員選挙(2013年)
2878
:
名無しさん
:2013/07/26(金) 23:07:37
http://www.asahi.com/area/iwate/articles/MTW20130725030910001.html
「王国」権勢いずこ
関根敏伸氏(左)の応援演説に駆けつけた小沢一郎氏=18日、盛岡市
【寺沢尚晃】すでに「王国」は「小国」でさえなくなってしまったのか。
生活の党の小沢一郎代表の地元、奥州市さえ、たもとを分かった無所属の平野達男氏の2万8671票に対し、生活の関根敏伸氏は1万2578票。前回衆院選での小沢氏の3万4643票の半分も、関根氏はつかめなかった。
「きちんとやることはやったし、長年の支持者には伝わったと思う。でも、そこまで。広がりが全く実感できなかった」と後援会幹部は言う。
そんな幹部を、さらに落胆させたのは、小沢氏が21日夜、都内の会見で語った感想だ。
「民主党の大臣を務め、次は自民党に(支援の)申し入れをした。このような人(平野氏)に、岩手県でこのような大きな支持が集まるというのは、私の政治家として、人間としての生き様から考えると、今もって信じられない」
後援会幹部は「有権者に対してまでも、うらみ節を言うようになってしまった。小沢さんが、有権者から離れていくようだ」。
立候補表明が5月中旬と、6人の候補者の中で最も遅れた。公示直前までずれこんだ衆院選時のように、公言した擁立時期がだんだん遅れていった。「勝てる候補」を探せず、平野氏と同郷の関根氏を立てるのが精いっぱいだった。
選対本部はいつもの小沢氏が作り上げてきた通り、総括責任者、選対本部長に国会議員、衆院の各小選挙区に県議ら担当者を据え、電話作戦、企業回り、所属議員との遊説も繰り返した。
ただ、民主党分裂前の国会議員は8人いたが、参院選直前は4人。23人いた県議も、辞職した関根氏を除くと9人に減った。
小沢氏は、仕方なく前面に出た。公示前には、県内の業界団体と社民党の計23カ所を行脚。にらみを利かせた。終盤には関根氏と終日遊説して回った。それでも、平野氏の4割にも満たない得票での惨敗だった。
後援会幹部は「昔は、小沢さんが選挙戦終盤に来てくれれば、逆転できた。でも今、組織にも小沢さん自身にもそんな神通力がないことは、昨年の衆院選で分かっていた」。
小沢氏は任期満了で74歳。ワンマン政党の限界が見えて来ている。
「小沢力」の低下の影響を最も実感しているのは達増拓也知事かもしれない。小沢氏の支援団体「欅(けやき)の会」会長に就任し、遊説に加わったが、盛岡では、平野氏の3分の1以下、惨敗した自民候補の半分しか得票できなかった。
しかし、開票翌日の22日、定例会見でこう強弁した。
「平野さんに小沢ブランドを感じて投票した人もかなりいるのではないか。小沢系3人の中の1人が当選したという風にも見られるのではないか」
小沢氏同様、有権者が認識不足だったと言わんばかりの発言だった。
その達増知事も「真の小沢系」の弱体化で、立ち位置がさらに苦しくなる。2年後に控える知事選について、かつては2期で退く意向を示していたが、3期目は「白紙」と言い始めた。立候補が取りざたされる衆院選の方が後になる可能性がある。
今後の県政運営について問われた達増氏は、「多数を形成するように協力関係を構築していかないと」。少しずつ生活以外との距離を縮めていこうとしている。
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