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第23回参議院議員選挙(2013年)

2844チバQ:2013/07/25(木) 20:43:13
http://senkyo.mainichi.jp/news/20130723ddlk03010534000c.html
党奔政走:参院選戦い終えて 「岩手が可哀そうだ」 つぶやく平野氏、同級生が支援へ結束 /岩手
毎日新聞 2013年07月23日 地方版

 参院選岩手選挙区で当選に沸いた21日夜の平野達男氏(59)事務所。乾杯の音頭を取ったのは、北上市立北上中学校の同級生で会社経営の川村昇平さん(59)。「立候補の時、届け出番号を決めるくじで私が1番を引いた。選挙結果も1番」とあいさつ。会場の盛り上げ方を心得ていた。

 民主党を出て無所属になることを決めた平野氏は4月、裏切り者のように見られ、1カ月も公の場に姿を見せなかった。川村さんは東京都内で平野氏を昼食に誘ったが、外出を拒んだため参院議員会館の部屋でコンビニのおにぎりを食べた。「自然と放っていた輝きが全く感じられない」と感じた。

 自民党と民主党が「落下傘」候補を決めた後の5月上旬、川村さんは平野氏が「これじゃ岩手が可哀そうだ」とつぶやいたのを聞いた。「離党への批判で出馬断念も考えていたと思うが、岩手の課題に対応できるのは自分しかいないという自負心が立ち直らせたのだろう」と推測する。

 組織のない平野氏を支援するため、同級生が5月下旬つくったのが政治団体「いわて・絆の会」。川村さんは選挙の手伝いをしたことがあり代表に就いた。「平野は我々の誇り。来年は還暦なのに落ちたらお祝いにならない」と呼び掛けると、集票、資金集め、草むしりと、約80人ができる範囲で汗を流した。

 「ほれ、せっかくだし、やってみろ」。6月2日午後、紫波町で街頭演説した平野氏から川村さんはマイクを渡された。経験も打ち合わせもなかった。「私は同級生です。よろしくお願いします」と話すのが精いっぱい。だが、それから投票日前日の20日まで県内300カ所以上でマイクを握り、上達していった。

    ◆

 公示の4日朝。地域政党いわての及川敦幹事長は出陣式で、平野氏支援の超党派県議団に向かって「我々は連合艦隊だ」と宣言。「一人一人が選対本部長のつもりで頑張ろう」と呼びかけた。選挙のやり方や支持者も異なる県議の集まり。力が発揮できるか不安があり、事実上の一騎打ちとなった自民党の田中真一氏(46)にはそのころ、負けているという見方もあった。

 及川氏が勝利を確信したのは新聞各紙が平野氏優勢と終盤情勢を報じた17日。この日を境に、選挙カーに手を振る人が増え、演説には拍手がわいた。「応援を迷っていた人が、平野さんでいいんだと自信を持った日。こういう雰囲気になれば100%勝てる」。及川氏はその夜、興奮していた。

    ◆

 2年後の知事選に向け、生活の党代表の小沢一郎氏の側近・達増拓也知事への対抗馬は平野氏しかいないとの見方が根強くある。達増知事は元衆院議員で、地盤は選挙区だった岩手1区。だが、今回の参院選では、応援した生活の党の関根敏伸氏(57)が平野氏の得票に及ばなかった。22日の定例記者会見で「知事の組織が弱体化しているのでは」と質問され、「次に私が知事選に出たら分かる」と意地をのぞかせたが、口を滑らせたと思ったようで「次の知事選は白紙だが」とごまかした。

 小沢氏は東京都内で21日夜に開いた敗戦の記者会見で、平野氏が民主を出る時に自民に支援を求めた経緯に触れ、ぶぜんとした顔で「このような生き方をしている政治家に、岩手で大きな支持が集まるとは信じられない」と述べた。反応を聞かれた平野氏は22日朝の記者会見で「特にコメントはない」と受け流した。【金寿英】


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