したらばTOP ■掲示板に戻る■ 全部 1-100 最新50 | メール | |

貧困スレ

936 チバQ :2019/09/04(水) 18:15:50
復職したものの年収は200万円に落ち込んだ
なんとか復職を果たしたものの、配属先はマキオさんの専門とは無縁の庶務部門。実際の仕事はトイレットペーパーの補充やポットの給水、郵便物の発送といった雑用だった。400万円近くまで減っていた年収は、夜勤がなくなったことで、さらに200万円に落ち込んだ。

この間、マキオさんは出費を抑えるため、より安い賃貸アパートへの引っ越しを繰り返し、もともと7万5000円だった家賃を、最終的には6万3000円に切り詰めた。それでも、通院費用や薬代がかさんでいたようで、アパートの更新料の支払いや、定期券の購入など物入りの月は、ミノリさんからお金を借りることもあったという。

何より負担だったのは、配属先の職場が自宅から片道2時間もかかる場所にあったこと。病気で体力が落ちていたマキオさんにとって、往復4時間の通勤は相当にこたえた。ミノリさんはこの頃、マキオさんが「体がしんどい。会社は『もっと職場に近いところに引っ越せばいい』と言うんだけど、『引っ越し代は出るんですか?』と聞いたら、『それは出せない』って……」と途方に暮れていたように話していたことを覚えている。

そして、昨年暮れ、2度目の脳出血――。会社からは、病院で付き添うミノリさんの元に、同僚が1人、マキオさんの入館証の回収に訪れたきり。その後の休職手続きなどは、人事部と書類をやり取りするだけで、上司や同僚が見舞いに来ることはなかったという。

「比較的大きな会社なので、通勤時間がもっと短くてすむ職場はあったはずです。針のむしろのような職場に、どんな思いで通っていたのかと思うと……」。なんらかの配慮があれば、2度目の脳出血は防げたのではないか――。そんな思いがぬぐえないという。

ミノリさんは取材のために、マキオさんが元気だった頃の写真や、日記帳代わりにしていた大学ノート、給与明細、業務に関する書類などを持参してくれた。いずれも、マキオさんが倒れた後、自宅を整理していたときに見つけたものだという。

マキオさんが就職したのは、バブル景気真っただ中。ミノリさんが、健康的に日焼けした男性の写真を示しながら、「若い頃のマキオさんです。社員旅行で行ったグアムでスキューバダイビングをしたときのもので、費用はすべて会社持ちだったそうです」と説明する。

超氷河期時代に就職活動を強いられ、派遣社員として働くしか選択肢のなかったミノリさんにとって、会社が費用負担をしての海外旅行など、まるで別世界の出来事だった。マキオさんの旅先での写真は、このほかにもたくさんあったが、家計が厳しくなるにつれて減っていき、ここ10年はほとんどなかったという。

ショックだったのは、大学ノートに走り書きのような文字で「元に戻りたい」「不安」「プレッシャー」などと書かれているのを見つけたとき。「休職していたときのものだと思います。このころは、(上司らによる)面談の後、『能力不足だと言われた』『いつ復職できるのか、教えてくれない』と不安がっていましたから」。

また、給与明細や、賃貸アパートの契約書に設けられた年収欄の記載を年代順に眺めると、年収が次第に下がっていく様子が一目瞭然。直近の預金通帳を見ると、毎月振り込まれる給料はわずか15万円ほどで、さらにクレジットカードのキャッシングなどによる借金が200万円ほどあることもわかったという。

ミノリさんは「(脳出血で倒れてからは)夜勤のない職場になったとはいえ、あまりにも安すぎると思いませんか」と憤る。

マキオさんの意識が戻って以後、ミノリさんはほとんど毎日、会社帰りに病院を訪れ、リハビリを手伝ってきた。手指をマッサージしたり、一緒に童謡を歌ったり。最近は「ありがとう」などの言葉を発することができるようになったほか、箸を使って食事ができるようになったという。


新着レスの表示


名前: E-mail(省略可)

※書き込む際の注意事項はこちら

■ したらば のおすすめアイテム ■

「君の名は。」Blu-rayスタンダード・エディション - 新海誠


この欄のアイテムは掲示板管理メニューから自由に変更可能です。


掲示板管理者へ連絡 無料レンタル掲示板