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貧困スレ
1181
:
OS5
:2023/10/13(金) 16:15:40
ユウジさんはなぜここまで追い詰められたのか。
ユウジさんの生い立ちは過酷だ。両親は自営業者だったが、父親は酒浸りで母親とユウジさんに暴力をふるった。2人で逃げ出したものの、高校は中退。ユウジさんは働き始めたが、17歳のときに母親も出奔した。以来、「独りで生きてきました」。
20代のころ、いくつかの会社で正社員として勤務。その後、熱中していたモトクロスバイクのレースに出場するために生活の拠点をアメリカやカナダに移す。本格的な移住も考えたが、結婚を機に帰国した。
その後は子どもや女性を対象にした運動指導教室を主宰する一方で整体師として働いてきた。施術の評判はすこぶる高く、30代後半で本格的な店舗を構えてからは、月の売り上げが100万円を超えたこともあった。ユウジさんは「従業員も何人か雇いました。何時間もかけて地方から来てくれる方もいました」と振り返る。
ユウジさんにとって利用者から「先生に会えてよかった」「先生でなければダメ」と感謝される日々は充実していた。しかし、皆の期待にこたえたいというがんばりが仇になる。
早朝から深夜まで働き詰めで、1日中食事を取らないこともざら。深夜や未明に押し掛けてくる人にも対応し、店を持ってからは1日も休日はなかった。結局5年ほどで過労で倒れ、閉店を余儀なくされる。残ったのは数百万円の借金だった。
「その後はあれよあれよという間に貧困生活へと転がり落ちました」とユウジさん。しばらくは妻の収入で暮らしたものの、結局離婚。海外では接客業に就いていたことから、その後は派遣労働者として全国各地のホテルで住み込みで働いた。しかし、観光シーズンのみの細切れ雇用なので年収は100万円ほどだった。
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